前回のこちらの記事の続きになるかな?という投稿です。
「パートナーとのケンカと、インナーチャイルドの怒りの関係性」
http://yukismyogaism.seesaa.net/article/461993396.html
むかし、
わたしが、「心理学」や「臨床心理学」を学び始めたころのこと。
わたしの人生において、「親が子供の私へどう関わっていたか」がどれだけ影響しているのか、ということを衝撃的にその学問から知りました。
それは、本当にショックで衝撃的で、「心理学」「臨床心理学」を学べば学ぶほど、
「どうして、両親は私にあんなふうに接したんだろう。もっと、子供の心理を尊重してほしかった!」と激しい怒りとなり、
わたしは、どんどん、両親のことを恨むようになっていきました。
なぜなら「母のせいで、父のせいで、わたしは人生をこんなに苦しんでしまった」という、被害者意識がどんどん、積もっていってしまったからでした。
確かにわたしは、波乱万丈の人生ですし、子供のころから家庭は平和で安泰ではありませんでしたが、とはいえ、大人になってからは、自分なりに折り合いをつけて、愛を受け取ろうとしていたし、自分なりに愛を表現していたし、感謝していたのですが、
その学問を学んで頭でっかちになってしまっていたわたしは、それまで、両親に関わることで、十分理解して納得していたことでさえも、急に許せなくなり、良い方向に流れていた親との関係性が、どんどん崩れていきました。
人間(自分を含め)への理解を深めようと思って始めたこの学問の探求でしたが、結果的に苦しみを生んでしまい、そこからの解決策をみつけられませんでした。
いま思い返してみると、
なぜそうなってしまったかというと、
実際のカウンセリングを自分自身で受けて、プロセスや癒しを体験することなく、ただ、本で読んだ知識だけでわかったつもりになっていたから・・・・でした。
心理学について勉強はたくさんしていました、ですが、学び始めた最初のころは、実際に「カウンセリング」というものを受けたことがありませんでした。
ですので、まさに、ただの「頭でっかち」だったのだと思います。
スピリチュアルなことや、ヨーガに関わることも、たやすく「頭でっかち」になりやすいですよね。
世間のさまざまな場面でいろいろなかたから、それはとても感じますし、それを感じるということは、スピリチュアルな世界に入り始めたころのわたしもそうだったから、感じるのかもしれませんね。
経験を伴わない頭でっかちだと、本当に苦しむことになるのだ、ということを、最初のころ、身をもって経験しました。
それに気づき、「カウンセリング」や「ヒーリングセッション」を実際に、定期的に、受けることが、自分が学んできたことをより深め、自分の人生を持って経験して反映していくことに、とても大事なのだと感じています。
いまのわたしは、セッションを与える側ではありますが、もちろん、いまもセッションを受けることもありますし、定期的にスーパービジョンを受けますし、自分を向上させるワークショップも受けます。
プロとして提供していくときに、自分自身をより深め、より技術を向上させていくためには、当然のことです。
スピリチュアルな知識でも、ヨーガの哲学でも、どの類の学問でも、まったく同じですね。
勉強する=知識になる
実践し活用する=智慧になる
「知識(頭でっかち)」は、ときに人生の邪魔になります。
これを読んでくださるご縁のあるあなたに、私の経験からのアドバイスは、
ぜひ、文字だけの知識で豊かになろうとせず、なんにせよ、実際に経験をして、本当の意味でのハーベスト(収穫)を得ていただきたいと願います。
とはいえ、
「頭でっかち」だった自分が思い込んでしまった「やり場のない怒りを両親のせいにすること」から始まったプロセスがあり、
わたしは、そこから、這い上がってくる過程の中で、たくさんの学びを得ました。
だから、その「間違い」から苦しんだことも、結果的には「大きな学び」だったということを見ることができます。
どちらに転んでも、どちらでも間違いではなく、学びの目線で見れば、常に「正解」です。
ですので「頭でっかち」になってしまって、間違いの眼鏡をかけて物事をみてしまったことも、
スピリチュアル的に見れば、意味のある成長のプロセスだったということですね。
話が反れたので戻りますね。
インナーチャイルドは、人それぞれの学びであり、そのかたによって、とても複雑に入り組んでいますし、そのかたによって、真実がそれぞれですので、定義づけることができません。
ですので、ほんの少しだけ、わたしの気づきをシェアしたいと思います。
母にも、そして、父にも、インナーチャイルドの怒りや傷があります。
両親にも子供時代があるということ。
わたしの母も父も、第二次世界大戦のころに生まれています。
ですので、戦時中や、戦後を経験をしたことがないわたしにも、とても大変な時代だったのだろう、ということは想像がつきます。
そのまた両親(私にとっては祖父母ですね)は、さらに古い時代の人たちですので、いまとは、かなり子育ても違っていたでしょうし、親子の関係性も違う時代でしたでしょう。
その時代は、お金のない家庭は、女の子供をお金持ちの男性に売って、お金を作ったりもしていましたし(祖母はそれを経験しています)、
とくに「性教育」について学校でも教えられていないばかりか、親も教えませんから、結婚してもどうしていいやらわからない。
きっとそのころは、結婚するまでは貞操を守る、というのが常識のようでしたので、とくに、恋人を作るとか、そういうこともあまりなく、
ましてや、リレーションシップの「練習」もなにもなく、その年齢になったから結婚して、結婚したらすぐ子供を作る、という文化。
家庭の財政の都合で結婚させられたり、または、男性からの押しに負けて結婚してしまったり、または、お見合いの義理で断り切れず・・・などもあったのかもしれません。
ですので、前の記事(下記リンク参照)に書いたような、夫婦のリレーションシップから学ぶ・・・などということは、見当もつかなかったでしょう。
「パートナーとのケンカと、インナーチャイルドの怒りの関係性」
http://yukismyogaism.seesaa.net/article/461993396.html
だから、ひたすら、忍耐、忍耐・・・・だったのだと、わたしの母の言葉から察することができます。
そして、
自分が親から育てられたように、自分の子供に接する・・・・というのが、自然な流れですので(なにか新たに自分で学んだのなら別ですが)
母も父も、自分が育てられた過程の中で学んだように、私との親子関係もそのように作っていったのだと思います。
時代の変化と共に、少しずつ親も学び、自分の子供時代の想い出や痛みを、子育ての中でオーバーラップさせながら、そして、癒されて、気づきがあり、自分の成長と共に、子育ての仕方も少しずつ変化していくのでしょう。
誰のせいでもない。
みな、自分のできることを、自分が持つだけの知識と経験で、ベストを尽くしている。
時代の流れなのですね。
日本の変容と進化のプロセスの一部として、親と子供の関係性が、時代と共に変化・変容している。
わたしは、今年になって初めて、母の少女時代の真実と、母の結婚生活の真実を聞きました。
わたしの知らなかった母の人生を知って、本当に、母への理解が深まりましたし、母への同情と愛と感謝が膨らみました。
そして、
自分がどれだけ勝手な投影を母にしていたのか、がわかりました。
母や父から与えられたことでできあがった、インナーチャイルドの怒りや悲しみの投影だった(と頭でっかちな私は勝手にジャッジしてしまった真実ではない投影)というのに、
その母の「母」というラベルを剥がした、本当の姿を知ったら、その母から受けた投影でさえも、真実として当てはまらない「まやかし」だったことが、はっきりわかりました。
母には、母自身の人生の深い深い大きな痛みがあり、そこと向き合いながら、折り合いをつけながら、第二次世界大戦後の厳しい時代を乗り越えて、
そして、
インナーチャイルドの傷を抱えながら、世間への恐れや疑念を感じながらも、
わたしや兄たちを育ててくれたのだなぁ、と、「ひとりの人間」として、「投影」という眼鏡を外した目線で、改めて母を見て、感動しました。
母を尊重するために、詳しいことは書きませんが、
本当に、子供時代も、そして、結婚後も、女性としての尊厳と、インナーチャイルドの怒りと悲しみにとって、
危機をたくさんたくさん向かえて乗り越えてきた母の人生に、
わたしは、同じ「女」としての助け舟として、唯一の「女の子」として、家庭に生まれたのだ、と感じました。
わたしも波瀾万丈の人生の中で、それはそれは、もう、たくさんの、たくさんの危機がありました。
母は、わたしが子供時代、または、大人になってからもずっと、その危機のたびに、わたしをサポートするために、同じようなフレーズの言葉を、何度かかけてくれたことがありました。
それは、実際に、直接言ってくれる時もありましたし、また、手紙に書いてくれるときもありました。
今年の初めころ、日本からドイツに引っ越しをするときに、片づけていた古い荷物の中に、古い母からの手紙を発見して、その何度か私にかけてくれていた「言葉」を手紙の中に発見し、そしてたくさんの状況を思い出しました。
今年の夏に、「母と父への癒しと許し」という無料一斉ワークをしたときのプロセスの中で、
・・・・・こちらです、素晴らしいワークだったのでよかったら見てください。
≪無償・満月一斉ワーク≫「母と父への癒しと許し」
http://yukismyogaism.seesaa.net/article/460662336.html
衝撃的に気づいたことは、
「母が私にかけてくれていたあの数々の言葉は、母が子供のころに、母の両親から言ってもらいたかった言葉なのだ!」
ということ。
この大きな気づきは、子供時代の母をとてもとても感じて、それはもう、泣けました。
そして、その一斉ワークにご参加くださった方が感想の中でのシェアリングがまたシンクロしていまして、
そのかたが、
「自分の子供に対してかけた言葉について、自分が親からかけてほしかった言葉なのかもしれない」
と、素敵な気づきをシェアしてくださいました。(※ご本人にブログ掲載の承諾をいただいています)
わたしの気づきと、偶然にも共鳴していて、本当に感動しました。
前回の記事にも書きましたように、夫婦のリレーションシップからも、お互いのインナーチャイルドの学びになりますが、
それに加えて、
親子関係の中でも、インナーチャイルドの学びあいがあるのだ!と、
素晴らしい人生のカラクリに、激しく感動しました。
わたしは、しばしば、世界のさまざまな場所でセレモニーをします。
すべての命のプロセスを森羅万象と共に祝福するためのセレモニーは、わたしの喜びです。
ときには、グループのセレモニーに参加したり、また、個人的にプライベートでセレモニーをしたりすることも多くあります。
そして、しばしば、自分のインナーチャイルドの癒しと共に、母と父のインナーチャイルドをそのセレモニーに招待して、
真剣に、ともに癒しを祈ります。
なぜならば、
わたしは、母と父の一部から結合して創造されていますので、
母と父のインナーチャイルドの痛みも、引き継いでいると思うのです。
そして、両親はそのまた両親たちのインナーチャイルドの痛みを引き継いで・・・・・その連鎖が延々と続いているのだと思います。
でも、間違えてこの文章を読まないで欲しいです。
それは、ネガティブな意味ではなく、それは自然であるということ。
だから、両親や先祖を恨んでも、なんの解決にも至らないということ。
そうやって、
時代は進化し、変容して、いまに至りますから、
引き継いでいるこの命を、いまのわたしのこの時代にできることで、さらにいまのベストを尽くして愛していきたいと感じています。
これは、わたしの人生の気づきですので、あなたにもピタリと当てはまることはないと思いますが、きっと、なんらかの刺激になるのでは?と思いますので書きます。
こうして、どんな人が見てくれているのかわからない、顔の見えない不特定多数の人たちが関わるインターネットの上、ブログの感想やフィードバックもいただくことはほとんどありませんし(苦情ではないです!)、本当にわたしとしては、わたしの人生の繊細な部分を書くことはとても勇気がいることです。
ですが、きっと、誰かのお役に立つと信じて、書いています・・・。
わたしの「繊細さ」を抱きしめながら・・・。
これを読んでくださっているあなたへ、愛をこめて。
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http://yukismyogaism.seesaa.net/article/461294678.html
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http://yukismyogaism.seesaa.net/article/418246610.html
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