2018年07月19日

女性たちへの祈り




もう、すでに、ロングセレモニーから2週間以上も経つのか。
トレーニングも含め2週間、セレモニーは7日間、その内72時間は断食して踊り続けた、素晴らしい時だった。

長かったセレモニーだったので、インテグレーション(統合)も、かなり長くかかったようだ。

やっと、リアリティに戻ってきた感じ、やっと、なにか書くことができそう。

わたしは、たくさんの爆発的な学びと、たくさんの柔らかな気づきを、いっぱいいっぱい経験した。



セレモニーでは、ペルーからシャーマンが実際にやってきて、セレモニー全体を期間中ずっとプロテクトしていた。

それはとても刺激的だったし、わたしとも共鳴していたのを強く感じた。

不思議なことに、私はスペイン語が話せないというのに、そのペルーからのシャーマンと同席する機会が何度もあった。

ありがたいスピリット同士の引き合わせ。

すべては、天の導きだった。




サマーロングダンス4.jpg





セレモニーのあいだ、わたしは、たくさんのスピリットたちに守られているのを感じていたし、

そして、わたしの先祖のシャーマンたちのスピリットも、そこに応援に来ていたのが分かった。

この2週間。

過去世からの叡智と、祖先からの応援と、世界中からのライトワーカーからのサポートと、高次元での情報がものすごくて、

とにかく、なにから伝えて言ったらいいのかわからなくて、言葉にならなかったけれど、

本当にとても尊い気づきと学びと覚醒だったので、少しずつでも言葉にして、

この世界にオファリングしていきたい。

わたしの人生は、オファリング。与えること。シェアリング。分け与えること。

そんな気持ちで、いま、書き始めた。




わたしにはもともと、いわゆるシャーマン特性があるので、

わたしにとってご縁のあるものを、自動的に自分の身体に取り入れて(トランス)、そして、多次元から癒している・・・ということがしばしばある。

セレモニーの中では、本当に、ものすごいたくさんの世界のあれこれを、身体に取り込んで、

たくさんのビジョンを見て、それを身体の中から解放していく踊りを肉体に許可し、

実際に肉体的にもそしてハートにも痛みを感じて、ヒーリングウォーターがたくさんたくさん目から流れ出て、

気づきの光と共に呼吸をして、循環して、観察して、抱きしめて、

そして、それらを愛という名のもとに癒し、自分も愛という名のもとに癒された。

とくに、日本の女性の様々なトラウマの集合意識が、わたしの身体をパワフルに突き動かしていた。

想像を絶するものすごいドラマティックでロマンティックな展開が起き、

様々な側面からの集合意識的なものを、たくさん身体に取り入れて、そして、わたしのすべてを捧げて、それらを癒し、自分を癒していた。

でも、勘違いしないでほしい。

わたしが自分に取り込むものは、わたしの魂がきちんと「選択」したもののみなので、それらに振り回されて狂気になることはほとんどない。

わたしには「自分を守る」という権利があるし、わたしの魂は「宇宙目線」で見たときの「最善」のことのみをわたしの人生に与える。

自然にことが起こるときは、「ユキ」という人生を生きるわたしの人生の学びにご縁のあるものだけを、わたしの魂は選んで取り込んでくれる。

だから、わたしはシャーマニックなライトワークの犠牲になっているのではなく、

自分の人生にとって大きな癒しと学びとステップアップの、貴重な機会を与えられているのだということだ。

そして、誠実にそれらと向き合い、それを自分の人生とリンクさせて真摯に向き合うわたしの、この愛のエネルギーが、世界へのオファリングなのだ。




この、インターネットという、相手の顔が見えない場で、しかも、エネルギー交換が発生しない一方通行の世界では、伝えられることは本当に限られる。

わたしが、その壮絶なる経験の中で、伝えたいことをざっくり言うと、

日本の女性を救いたいということ。

世界中の女性の集合意識を、身体と心で経験し、そしてそれをシャーマニックダンスで解放して癒していく尊い経験から、

わたしの本当に、本当に、願うことは、

日本の女性を応援したい、ということ。

わたしにとって特にご縁の深い「日本」へオファリングしたい。

女性の強さ、ありのままの美しさ、「わたし」のままでの尊さ、すべての喜怒哀楽をあるがままに歓迎すること、

女性の身体の神聖さ、ハートの滑らかさ、存在の柔らかさ、女性性器・臓器の神秘さ、命を育む聖なる母性、妖艶な炎、

動物のようなしなやかさ、命を創造するセクシャルエナジー、世界に歓喜をスパークする平和のエクスタシー、底知れぬ愛と受容、

女性の持つ、すべて、すべて、すべてを歓迎して、祝福したい。





男性に愛されるために生きるのが女性のあるべき生き方ではないと思うし、

男性を立てるのが女性の本来の美しさではないと思う。

女だから、女とは、女である限り・・・・・まだまだ、まだまだある、社会的な観念である「女」。

それは社会が勝手に作り出した「こうあるべきドラマ」だ。

「こうあるべきドラマ」が刷り込まれると、「こう見られたい」という自分を演技して装うことを覚えてしまい、

結果、それぞれが持つオリジナルな真なる強さが奪われ、女性としての尊厳を見失う。

もしもそれらの社会的観念が、本当に真に女性の美しさだったとしたならば、すべての女性は男性と共にいて、ためらいようもなく100%幸せであるはず。

にも関わらず、父親との不和や、夫とのセックスレス、パートナーや恋人との関係性への不満、男性上司とのトラブル、複数恋愛からの混乱、男性に関わる出来事からの悲しみ、せつなさ、怒り、居心地の悪さ、自己否定、は絶えることを知らない。

それらが、愛でつながったご縁だったとしても、だ。

だとしたならば、「こうあるべきドラマ」の通りに生きていても、そのひとそれぞれの本当に真なる幸せには至らないのではないか、という疑問が湧く。




日本では、ある程度長い期間夫婦をしていると、セックスレスになることが本当に多い。

なぜ、セックスレスになっていくのか。

その理由があるのだ。

それは、誰が悪いとかどちらのせいだとかいう個人の問題だけではなく、社会的な観念からの「もがき」もある。

日本では、10年以上一緒にいる夫婦は、かなりな確率でセックスレスになる。(3年でもなり得る)

60歳近くになっても、お互いの身体をベッドで触れ合わせる夫婦は、本当に少ないようだ。

面白いことに、わたしが住むドイツではセックスレスのドイツ人夫婦はあまりいない。(歴26年のベテランドイツ人心理カウンセラーからの調査より)

そして、年をとっても、それぞれの段階で、それぞれのやりかたで、それぞれにあった頻度で、「making love メイキング・ラブ」を楽しんでいる。

もっと、面白いことに、

日本人とドイツ人同士の夫婦になると、セックスレスになる確率があがる。ドイツ人同士の夫婦だとあまりないというのに。

外国文化の中に住んでも、夫婦のどちらかが日本人だと、なぜこんなに大きな差が生まれるのか。

そこには、どんな違いがあるのか?

生まれ育った国での「社会的な観念」がどれだけパワフルに人生に影響しているかが、よくわかる。

日本の少子化の謎が、そこにあるのだと感じる。





幸せとは、なにか。

幸せという定義さえも、実は社会からの「こうあるべきドラマ」になっているから、「とはいえこれで幸せなんだ」と思い込もうとしているけれど、

それは、本当の意味では(本能レベルで、魂レベルで)違うから、いつでも、なんだかどこか虚しさと、もやもやと、なにかが足りない感覚。

そして、そのもやもやの正体を見ることは、雲をつかむよりも難しいから、なにかでその空虚感を穴埋めして、そしてまた、ほかの穴埋めを探す。




女性が受けた、自尊心の傷や、支配的なセックスへの恐れ、肉体的・言語的・態度での暴力、

社会が植え付けた「ウソの理想像」との自己比較からの激しい罪悪感、そしてそこからくる自己嫌悪感、

すべて、すべて、本来の女性の美しさとはまったく程遠いところを向いている。




とはいえ、

男性サイドも、社会的な観念からの観点、という枠を超えることは難しく、

愛しているし、守りたい、と心から思っているにもかかわらず、

それを上手に伝えるすべがうまくみつからない。

そこには、確実に男性サイドでの葛藤と自己否定などが生まれるのであろう。

今回わたしが受け取ったメッセージとビジョンは、女性たちからのものだったので、どうやら私は女性サイドの担当のようで、

男性サイドのことは詳細にいまは言葉が出てこないので、これを読む男性に嫌な気持ちを与えてしまったら申し訳ない。

それでも、男性にフォーカスすると、大きな葛藤からのフラストレーション、愛と恐れが、たくさん入り混じったものを感じる。

だから、簡単に「男性が悪い!」と言っているわけではなく、

誰かのせいではなく、結果として現れていることをきちんとみつめて、

そこから、わたしたちは学んで成長していく能力があるからこそ、人間として生まれているのだ。




実際、

女性は男性に守られ、愛され、癒され、サポートされることで、

より一層、美しく、自分らしく愛にあふれて生きていく。

誰しも、パートナーを必要とし、愛し愛されて生きたいと願う。

それが、自然な欲求だ。

その「自然」を、どう自分らしく人生に花咲かせていくのか・・・・は、みなそれぞれの形がある。




日本の女性への祈り.jpg





セレモニーの間・・・・・

とにかく、凄まじいほどの強力な集合意識が、わたしの身体を借りて、わたしにたくさんのビジョンを見せた。

わたしは自分の身をもって、それらと向き合い、自分自身とも向きあい、それらは、たくさんのプロセスを経て癒されて行った。

それらのビジョンは、明らかに、わたしのこの人生の経験ではなかった。

社会的な背景からの抑圧、肉体的暴力、性的虐待、父親から受けた心の傷、夫から尊厳を損なわれた痛み、セクシャルハラスメント、レイプ、性行為への嫌悪、自尊心への悲しみ、自己否定の嵐、自己ジャッジメントのナイフ、

それらは、たくさんの女性たちの集合意識だった。

そして、母の胎内にいる時に、母の人生とカルマと過去世からの経験を、わたしの身体の細胞が記憶したものだった。




わたしは、わたしの身体と心をもってそれらを経験した。

そして、セレモニーの中で、私の肉体のすべてを使って祈り、感じ、抱擁し、認めた。

わたしは、受け取ったこの「宝」を、日本の女性たちへオファリングしていきたい。




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ここ数日、夜がわたしを繊細にさせる。

夜遅くになると、まだまだ、ヒーリングウォーターが目から流れ続ける。

悲しいのでもなく、苦しいのでもなく、

ただ、ただ、魂が癒されていくときの、涙。

わたしは、祈る。

心から祈る。

すべての女性の、本来の幸せを祈る。

すべての女性が、魂が震えるほどの「愛」を感じることを祈る。

すべての女性が、自分という人生に、生まれてきた本当の意味につながることを祈る。

すべての女性が、あらゆる圧力と支配と観念から、自由になることを祈る。

すべての女性が、オンリーワンの魅力を花咲かせていくことを祈る。

すべての女性が、愛することを恐れず、愛されることを受け取ることを祈る。

心から、心から、祈ります。




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posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 19:09| わたしについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする