2017年03月30日

新月 陰陽統合シャーマニックセレモニー



3/28 新月

3月に入ってからずっと、疼いていたものを整えました。

陰は果てしなく陰であり・・・・ 陽は限りなく陽・・・・

深い深い 闇と・・・・・ まばゆいほどの 光・・・・・

人間として生きるわたしが、わたしを極めていくための、両極。




どうしても、いま! という直感がありました。 いま、どうしても必要!と。

新月 陰陽統合のシャーマニックセレモニーを行いました。

これは、プライベートで行った、個人的なセレモニーでした。

本気です。





肉体、エネルギー、意識での準備をすっかり整えたわたしは、

自分自身の「獣性」を120%、尊重して、森に入りました。


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パラパラと雨が降り、その天からの動きが、森をかすかに揺らしていました。

ひんやりとした森で、シャーマニックドラムを叩き、儀式の始まりの歌を歌い、わたしは森とともに踊りました。

大地に息をひそめている闇と、わたしの慎重すぎる獣性が、同調して働き、それを地球がしっとりと見守っていました。

突如、雲が晴れ、太陽が強い日差しとともに、まっすぐに森に参加してきました。


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すべては、最善であり、最適なタイミングで始まり、起こり、そして、終わりました。

感動しました。


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「獣性」を脱いだわたしは、とたんに弱気になり、なぜかこのセレモニーを完結することをやめようかと、葛藤しました。

私の中の、足踏みをするなにかが、この「統合」を恐れていました。

頭が割れそうに痛くなり、苦しくて、座っているのがやっとでした。

しかし、わたしは、この葛藤は、幻だということを知っていました。

心底、求めていることは、実は、心底、恐れていることなのだ・・・・ということも知っていました。




わたしは、その葛藤のすべてをみつめ、味わい、手なずけつつ、

音もなく、なんの合図もなく、第二部が、おもむろに幕開けしました。

腹をくくったわたしは、言葉も発せず、ただ黙々と、自分自身の「人間性」に花を捧げました。



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ひとつひとつ、献花されていく美しい花々をみつめていると、なんとかけがえのない瞬間を生きているのだ・・・・と

涙が溢れ、息が詰まるほど、胸がいっぱいで、感激しました。

こうして、わたしが、あるがままで許されていること・・・・・

ありのままで生きていくことに「許可」を与えること・・・・・

わたしが「わたしのまま」で存在することに・・・・・・感激で涙が出ました。


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わたしの「女神性」は、心底、純粋であり、寛容であり、誠実で温かく、まるで子宮のようでした。

なんの期待もなく、なんの要求もなく、ただただ、体を揺らし、

女性に生まれたこの柔らかな肉体を、ただただ、愛し、味わい尽くしました。

光として存在することの、尊さを身体で経験しました。

闇であるものも、光であるものも、すべてを包み込む 愛。

わたしたちは、愛 そのもの。

柔らかく 清らかで そして 純。



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おもむろに セレモニーは終了し、そしてわたしは、エネルギーを使い果たして、

座っていることもできず、倒れこむようにしてベッドにもぐりこむと、ひたすら昏々と眠りました。

なにかが、大きく変容しているとき特有の、身体の軋みが通り過ぎるのを、じっと待ち、ひたすら眠りました。

そして、わたしは、より一層、自由になっていきます。

すべての側面である「わたし」を受け入れ、そして、それをまっすぐにみつめます。

「闇」も、しっかりとみつめ味わうことで、光り輝き、命のきらめきになるのだということ。



なにものもわたしを邪魔することはできない。

そして、自分自身に刷り込まれている「観念」さえも、わたしの意志を邪魔させない。

わたしの「本質」との絆が、また強くなりました。

ありがとう。

世界の平和につながりますように。

このエネルギーが、あなたのお役に立てますように。


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この記事を載せることにも葛藤しました。

でも、わたしにとっての大きな意味のある美しいセレモニーを通して、

皆さんが、偏見を持たずにみてくださると信じて載せました。

わたしは、いつでも、まっすぐ、まっしぐらに「わたし」を生きています。

合掌








posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 22:24| ヨガ・スピリチュアル関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする