2016年07月18日

ネパール3「一念三千」




ルンビニの僧侶の説法が、「まったくだなぁ」と納得したので、ここで皆さんにシェアさせていただきますね。



ルンビニ12.jpg




「一念三千」




あなたが「ひとつ」なにかを決めてそれを行うことで、

その陰には「3000」の意味が隠されている・・・・という意味。

そのうちの1000は自分自身に対する影響への理由。

そして、1000は関わる人々に対する影響への理由。

残りの1000は、地球や環境、宇宙に対する影響への理由。



ルンビニ10.jpg



まったく、なるほどなぁ、と思いました。

お釈迦さまは素晴らしいですね。

仏教の教えは、まったく、的を得ています。




例えば・・・・、わたしが・・・・・

悩みに悩んで、今までためらっていたなにかを実行に移したとしたら・・・・

それを、実行に移すことで、これまでの人生から、なにかしらの変化が現れていくであろう影響 → 決断したことによって変化するであろう人生における意味・・・が、1000あるということ。

すべては、繋がっているので、一つの変化で、その後の人生のあらゆるものへのパズルのピースが組み変わるということ。

それは、過去に行ってきたあれこれの、現在・未来への影響のパズルのピースをも、組み変わっていくということ。

それは、わたしの経験となり培われていくことにより、わたしの思考の向きや、物の考え方、人生の捉え方、視点の変化などにも影響を及ぼすということ。

それらの影響による変化から、引き寄せるものが変わり、生き方が変わっていくということ。

たった「ひとつ」、わたしがなにかを行うこと、行動に移すことによって、「人生」という視点からみると、その裏には1000の「意味」が隠されている。




そして、

わたしがそれを決断し実行することによって、わたしに関わる人々の気持ちにも刺激を与え、そのかたの物の考え方や、価値観などに影響を与えることによって、

まわりの人の人生の学びとつながっていくのだということ。

ひょっとすると、ポジティブな刺激だけではなく、誰かに迷惑をかけるのかもしれない。

もしかすると、誰かを傷つけてしまうのかもしれない。

誰かに嫌われてしまうのかもしれない。

しかし、すべての起こる現象、起こる出来事には意味があり、不必要なものなどなにもないという観点からすると、

それら、一見、ネガティブに見えるものだとしても、誰かの人生の「学び」として、意味あるものなのだという事実。

だから、わたしがなにか、たった「ひとつ」行うこと、実行すること、志すことによって、関わる人々、周りにいる人々の人生へ、なんらかの「意味ある影響」を与えているのだということ。

それが、1000あるのだという教え。



そして、

すべては、繋がっていて、わたしたちは地球の一部であり、宇宙全体から見たなかでの小さなひとつの細胞であるのだから、

わたしが変化することによって、巡り巡って、地球のどこかのなにかを変化させることに繋がっているのだということ。

わたしが両腕を大きく振り回すことによって、空気を揺らし、揺れた空気が伝導してそよ風となり、そよ風が震わせてやがては強風となり、地球のどこかで暴風となって木をなぎ倒しているかもしれない・・・・

地球の一部であるわたしが変化することによって、地球のどこかで助かる人もいれば、苦しむ人を作る原因となるのかもしれない。

「ひとつ」の「念」の裏には、地球レベル、宇宙レベルでの「意味ある影響」が1000、隠されているのだということ。



ルンビニ11.jpg



まったくもって、納得です。

お釈迦さまは素晴らしい。

わたしは、この教えを心して、

地球の平和のため、宇宙の調和のため、そして、わたしと周りのかたがたの人生の幸せのため、

これからも、わたしの人生を真摯に誠実に生きていきます。


合掌


ルンビニ8.jpg






posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 《旅》インド・ネパール2016.5-7 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。