「(詩)交わり」
指先でなぞる・・・・かすかにざらついてる。
指の腹でゆっくりと円を描くように愛撫・・・、シュルシュルシュル・・・という音を立てて、わたしの指紋がそれと交わる。
目を閉じ・・・その感触を吐息とともに味わう。
分厚い背表紙に、手を、そっ・・・とかぶせる。
これまで、何度も、何度も、こうして、わたしの右手の皺は、この紙の束の上に重ねられてきた。
手のひらから無数の触角が伸び、背表紙に記憶されている、かつての私の「波の動き」を拾い集める。
繊細な感覚と、香しい遠くの一粒一粒のそれらと、
瞼の裏側で、「いま」を知らせあう。
こげ茶色の背表紙をゆっくりと開く。
ふわりと・・・・・この匂いが好きだ。
年輪を重ねた、古本でしか醸し出せない、この年老いて熟成された匂い。
味わいながらページをめくる。
中指の先で、やさしく文字をなぞる。
何度も、何度も、わたしの熱いまなざしが、ここにあるラインを通り過ぎた。
そして、
わたし以前に、所有していたかつての誰かのまなざしも、この文字の配列を通り過ぎたはず。
いったい、何人の瞳の色との交わりを、この文字たちは経験してきたのか。
まなざしで熱く清められたその一文字一文字は、一行のラインとなり、そして、ほかのラインと腕を絡めあわせて、わたしのコアを震わせ、感動を与える。
かつてのわたしの、走り書きが飛び込んでくる。
走り書きは、まさに、駆け足で過ぎていくかのように、その時代のわたしを慌ただしく引き連れて、
そして、あっという間に・・・尾を引きながら走り去っていく。
取り残されたのは、ノスタルジーを祝う、口元の微笑み・・・・
若かりし日のわたしを、何度でも何度でも、受け入れる。
懐かしい揺らぎとともに思い出す、かつての、その時代、時代に存在した、寄り添う「気配」が・・・・、
いま、ここにいる、わたしを優しい目で楽しませる。
背中から感じる温かく緩やかな流れが、わたしの肉体をゆらゆらと心地よく揺らす。
ああ・・・・歴史は刻まれ、円となり、還っていく・・・・。
パフン・・・・・本を閉じた音が、好きだ。
この、重たく分厚い背表紙でなければ作り出せない、愛すべき振動。
もう一度、重たいドアを開いてみる、そして・・・
パフン・・・・・何度でも感じたい。
かつてのわたしと、わたし以前の誰かが、この中には生き生きと存在している、
この本の、重厚なドアを閉めたときだけに発せられる、途切れ途切れの細かな沈黙の記憶を
ひとつひとつ、丁寧にすくい上げては、語りかけながら紡ぎ合わせる。
いつかの記憶の火花に、安らぎの香りを差し出そう。
眠りに落ちる直前のような、くつろぎを与えよう。
一瞬、一瞬を、色とりどりのフレームで美しく飾ろう。
そして、「いまのわたし」の吐息を吹きかけ、魔法をかけよう。
愛しているよ。
ひとときの、夢のような幻影の真実。
愛しています。
瞬きすることさえ、ためらうほどの、
美しき、生と死の円環・・・・・・。
まなざしで蘇る、一文字、一文字の生命は、
わたしの視線によって息を吹き返し、そして、同じ視線によって再び、滅せられていく。
だからわたしは、
ただ・・・、ただ・・・、
すべての生と死の歓喜の歌声に身をくゆらせ、
「いま」という瞬間を、ただの「わたし」のままで愛するのみ・・・・・。
ぎっしりと詰まったその本を、柔らかな胸で抱きしめた。
そして、目を閉じ、
わたしはわたしで在る喜びを、
突き抜け、飛翔する鳥のように、
高らかに誓った。