2016年04月30日

(詩)交わり



「(詩)交わり」



指先でなぞる・・・・かすかにざらついてる。

指の腹でゆっくりと円を描くように愛撫・・・、シュルシュルシュル・・・という音を立てて、わたしの指紋がそれと交わる。

目を閉じ・・・その感触を吐息とともに味わう。

分厚い背表紙に、手を、そっ・・・とかぶせる。

これまで、何度も、何度も、こうして、わたしの右手の皺は、この紙の束の上に重ねられてきた。

手のひらから無数の触角が伸び、背表紙に記憶されている、かつての私の「波の動き」を拾い集める。

繊細な感覚と、香しい遠くの一粒一粒のそれらと、

瞼の裏側で、「いま」を知らせあう。






こげ茶色の背表紙をゆっくりと開く。

ふわりと・・・・・この匂いが好きだ。

年輪を重ねた、古本でしか醸し出せない、この年老いて熟成された匂い。

味わいながらページをめくる。

中指の先で、やさしく文字をなぞる。

何度も、何度も、わたしの熱いまなざしが、ここにあるラインを通り過ぎた。

そして、

わたし以前に、所有していたかつての誰かのまなざしも、この文字の配列を通り過ぎたはず。

いったい、何人の瞳の色との交わりを、この文字たちは経験してきたのか。

まなざしで熱く清められたその一文字一文字は、一行のラインとなり、そして、ほかのラインと腕を絡めあわせて、わたしのコアを震わせ、感動を与える。






かつてのわたしの、走り書きが飛び込んでくる。

走り書きは、まさに、駆け足で過ぎていくかのように、その時代のわたしを慌ただしく引き連れて、

そして、あっという間に・・・尾を引きながら走り去っていく。

取り残されたのは、ノスタルジーを祝う、口元の微笑み・・・・

若かりし日のわたしを、何度でも何度でも、受け入れる。

懐かしい揺らぎとともに思い出す、かつての、その時代、時代に存在した、寄り添う「気配」が・・・・、

いま、ここにいる、わたしを優しい目で楽しませる。

背中から感じる温かく緩やかな流れが、わたしの肉体をゆらゆらと心地よく揺らす。

ああ・・・・歴史は刻まれ、円となり、還っていく・・・・。






パフン・・・・・本を閉じた音が、好きだ。

この、重たく分厚い背表紙でなければ作り出せない、愛すべき振動。

もう一度、重たいドアを開いてみる、そして・・・

パフン・・・・・何度でも感じたい。

かつてのわたしと、わたし以前の誰かが、この中には生き生きと存在している、

この本の、重厚なドアを閉めたときだけに発せられる、途切れ途切れの細かな沈黙の記憶を

ひとつひとつ、丁寧にすくい上げては、語りかけながら紡ぎ合わせる。





いつかの記憶の火花に、安らぎの香りを差し出そう。

眠りに落ちる直前のような、くつろぎを与えよう。

一瞬、一瞬を、色とりどりのフレームで美しく飾ろう。

そして、「いまのわたし」の吐息を吹きかけ、魔法をかけよう。





愛しているよ。

ひとときの、夢のような幻影の真実。

愛しています。

瞬きすることさえ、ためらうほどの、

美しき、生と死の円環・・・・・・。






まなざしで蘇る、一文字、一文字の生命は、

わたしの視線によって息を吹き返し、そして、同じ視線によって再び、滅せられていく。

だからわたしは、

ただ・・・、ただ・・・、

すべての生と死の歓喜の歌声に身をくゆらせ、

「いま」という瞬間を、ただの「わたし」のままで愛するのみ・・・・・。






ぎっしりと詰まったその本を、柔らかな胸で抱きしめた。

そして、目を閉じ、

わたしはわたしで在る喜びを、

突き抜け、飛翔する鳥のように、

高らかに誓った。


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posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 06:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩的なもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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