夏至という大きな変化の時である昨日、
国会議事堂前にて、平和のためのご祈念に行ってまいりました。
ご縁のあります修行僧の方々が10日間のご祈念をされていらっしゃいましたので、一日だけではありますが、参加させていただきました。
こちらの僧侶は、命をかけて、人生をかけて平和を祈り、ご修行されてらっしゃる尊いかたがたです。
(新興宗教ではなく、きちんと仏門に御出家された方々です)
わたしはこれまで、「平和ご祈念」には参加しても、「反対集会」には参加しませんでした。
なぜなら、平和とは、怒りや暴力の中では生れないからであり、
暴力的行為に対して、暴力的な言葉や態度で応戦しても、なんの解決にもならないと感じていたからでした。
しかし、
いま、日本は、とても大切な時期にいると、本当に思うのです。
70年前に誓いを立てて、戦争をしない国だった日本は、その昔の誓いを破り、戦争へと意識が向き始めています。
日本人として、他人事ではないと思うのです。
お昼と夕方には「集会」が開かれ、そこで、演説をされる方々います。
演説には、政治家の方々や、多方面で活躍されてらっしゃる方々が、熱弁をふるってらっしゃいました。
わたしは、どうしても、この「怒り」のエネルギーには、同調することができません。
「戦争反対! 今すぐ廃案!」など、みなさん、シュプレヒコールを叫んでいましたが、
皆さんの怒声の中、わたしは、本当に嫌で、ひとり、目を閉じ、手を合わせて、静かに祈っていました。
今回、国会議事堂前に行ってご祈念させていただくことで、少なからず葛藤がありました。
ものすごい「怒り」のエネルギーの渦の中に、自ら飛び込んでいくのですから、
「怒り」からくるものではない、わたしの思う「祈り」を行おうとする私としましては、
大変おおきなエネルギーと、強い意志が必要でした。
写真だけで見ますと、とてもものものしい印象があるのだと思います。
その点も、「ひとにどう思われるか・・・・」という、自分のイメージを気にした恐れも少しだけありました。
でも、わたしは、わたしです。
わたしの「祈り」を、どんな場所にいても、することができます。
この記事を読んでも、いろいろなことを思う方がいるのだと思います。
みな、それぞれの観点で、それぞれの判断やジャッジをして理解して下さるのでしょうね。
現地では、ただただ、祈らせていただきました。
そして、日本に癒しを送りました。
この国会議事堂のある土地への癒し、
ここに集う怒りを持った人々への癒し、
議員さんの方々への癒し、
そして、私自身への癒し。
日本人として、ご縁があって日本に生まれてきました。
わたしは、海外に行くご縁が多く、海外目線からの日本というポジションも知り、幸いにも、広い視野で日本という国を見ることができます。
だからこそできる、意識の向け方があります。
僧侶の方々と一緒に祈りのマントラを唱えて、太鼓を叩いていますと、
本当に、宇宙に届けられているのがわかります。
「言葉」は、怒りや、恐れや、悲しみや、エゴがどうしても混ざってしまいますが、
「マントラ」は、その一切が含まれず、純粋に宇宙へと響いて行きます。
私たちの祈りが、どうぞ、宇宙へと届けられますように。
すべての最善を、どうか、お祈りいたします。
「怒り」ではなく「祈り」を届けるために、行ってまいりました。
本当に、善き学びでした。
ものすごい、高次元的エネルギーを使ったことと、あの土地にいる、あれこれとの対峙から、
かなり肉体的にもダメージを受けたようで、帰り道、新宿で力尽き、ひとり、動けなくなってしまいました。
なんとかかんとか、山梨の自宅に戻ってきましたら、徐々に、身体も心も動けるようになってきました。
丁度、夏至の太陽が沈むところでした。
愛する、わが、天空の森からの夕陽。
わたしは、遠い遠い、古代には「太陽神」として存在をしていました。
いま、この現在に生きている、わたしという「個」を、
愛しい気持ちで、噛みしめながら、味わっています。
ますます、宇宙のお仕事が忙しくなってきます。
がんばれ、わたし。
合掌
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