2015年06月15日

気づいたこと(高速で移動する負担&現状から最善を見つける)



わたしは、人にプレゼントをするのが好きです。

それは、わたしが心地よいから、そうしています。

好かれたいとか、気を使ってとか、義務感でとか、そういう窮屈な感じではなくて、そうすることで私も満たされるのでそうしています。




どなたかのお宅や仕事場にお邪魔する時は、必ず、なにかちょこっと、負担にならない物(高価でない物)を手土産に持っていきます。

わたしは、そのかたが喜ぶものを差し上げたいので、当たり障りのない菓子折りとか、饅頭とか、あまり選びません。

お金はかかっていなくても、「きゃ〜!」ってトキメクものを、できたら差し上げたいです。

または、すごく実用的で、あると助かるわ〜、というもの。

または、自分では絶対買わないけど、もらったらちょっと嬉しいかも、というもの。

または、ちょっとコミカルで、「ぷっ」と微笑んじゃうような、こころほんわかもの。



最近は、夏に向かって、我が天空の森のまわりにはお花がたくさん咲いているので、

ペットボトルにお花を挿して、車で訪問先まで持っていくことが多いです。

きちんと、

「おはよー!ご機嫌いかがかな? ○○さんのお宅に行きたいかな? 切って行くけどいいかな?」

と、お花に聞いて、「いいよー、いくいくー!」と嬉しそうなお花だけを切ってきます。



お花をもらって、嬉しくない人は誰もいないですね。

お花って、すごいヒーラーさんですよね。




そのお花、車で運ぶとね、

どんどん、しんなり、元気が無くなってしまうのです。

もう、運転しながら、気が気じゃないですよ、わたしは。

病気の家族を病院に連れていくときのような心境で、焦る、焦る(笑)



我が家に持ってきて花瓶に挿してあげるときは、ぜ〜んぜん、しんなりしないし、むしろ、より生き生きして数日、元気いっぱいなのですけどね、

車に乗ると、この運転の振動でだめなのかなぁ〜?、とか、

ペットボトルの口が窮屈だから、苦しいのかなぁ〜?、と思って、口の広いコップで運んでみたのですが、やっぱり、みるみる、15分くらいで萎れてきてしまうのです。

「かわいそうに〜〜〜〜〜、がんばれーー!!もう少しだーーー!」

と、お花を励まし、元気づけながら、運転して、訪問先まで車を飛ばします。

そして、訪問先で花瓶に入れ替えてあげると、元気のなかったお花たちは、少しずつ元気を取り戻して行きます。




これは、原因は

「移動」ですね。

確かに、

車という金属の塊は、地球の自然の中で、不自然極まりないですし、

植物という地に根を張って生きている存在にとって、40〜60kmの速度で1時間も移動するって、あり得ないですもんね。

植物には、「移動する」という概念が、プログラミングされていないんですよね。

だから、細胞レベルで、非常に疲れてしまうんでしょうね。



ふむ。

すると、人間だってそうですよね。

もともと、できる才能が、私たちの自然な才能ですから、人間は、肉体のみだとしたら、歩く、走る、しか移動手段がないわけですね。

それが、わたしたち人間の身体にもともとプログラミングされている情報ですから、それを、高速で移動する、というのは、肉体にとっては不自然なものなのでしょうね。

だから、移動すると疲れますね。

車や飛行機の電磁波でも疲れますが、それ以前に、シンプルに「移動」で疲れちゃいます。

その移動のスピードが早ければ早いほど・・・・・イコール・・・・・歩く・走るという速度よりもかけ離れれば離れるほど、

より、肉体に負担をかけているんでしょうね。

車で運ぶと、お花がみるみる、萎れて行くように、身体も見えないレベルで、萎れて行くんでしょうね。

リニアとか・・・・・・怖いですね。 (わたしは乗らないぞ)



そういう私も、週に1〜2回は東京でお仕事がありますので、山梨から移動していますが、できるだけ、特急は使わずに、各駅停車の電車で行きます。

山梨県内は、車がないと何処にも行けれませんから、あちこち、毎日、車で移動してます。

お花は純粋なので、すぐに反応が出ますが、人間は大人になって、ある意味、純粋ではなくなっていく?(ちょっと違うかも?)ので、肉体に負担をかけていることに気づかないのでしょうね。



とはいえ、スーパーに行かないと買い物できないし、仕事に行くにも車に乗って移動しないと生きて行けれません!

では、どうするか!

まず、肉体に負担をかけている事実を知ること。

そして、それを知っているからこそできるケアをすること。

だなぁ〜、と思います。

現代社会のシステムを否定しても変えることはできないので、そこではなくて、

問題に気が付いたならば、そのうえで、どう最善を尽くすか。



そう考えると、すべてのあらゆる問題に対して、置き換えることができます。

状況を変えることはできないから、それを否定せずに、その状況の中で最善を探す。

すごく、ポジティブです。



今日のメモでした。

お花さん、ありがとう★



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posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 内なる豊かさへのシェア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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