日没近くを待たずに、ヒグラシが鳴きはじめた。
曇り空が、山の空気を、一気に冷たくしていく。
わたしはテラスに座り、虫たちの羽音を聞いていた。
ここのところずっと、
心が、静けさの中にいる。
なにかが生まれる、前兆の静けさ。
完璧であり、無。
強さであり、潔さでもある。
この静けさを邪魔するものは、中に入れない、覚悟がある。
表現者として。
私が見るこの世界の、表現者として。
降り注ぐ光を、両腕を開いて受け止めている。
魂が、とても、静かな場所にいるようだ。
言語ではない情報が、溢れている。
わたしは、静かに耳を傾けている。
そっと、目を閉じる。
再び、開けるのを躊躇するくらい、心地がよい。
柔らかな風が、旋律を奏でる。
輝きが、キラキラと瞬いている。
昨夜、白い小さな蛾がやってきた。
頭上を、螺旋を描いて飛んでいた。
わたしは、ゴロンと仰向けになり
螺旋から生まれる細かい光の粒を見ていた。
そこには、深い宇宙があった。
空の雲が晴れ、太陽が少しあたりを明るくしてきた。
ヒグラシは鳴くのをやめ、アブラゼミが代わりを務めている。
この世界は完璧であり、無。
わたしは目を閉じて、わたしを、ただ感じている。
「わたし」は 静かに消えてゆく。