2014年05月10日

三次元的生活の中で



まさかの、体調不良。

今夜は、激しい頭痛と、発熱、吐き気、胃痛。(感染症ではありません)

5日ほど前から頭痛と胃痛は始まったのだが、今日は、一番つらかった。

でも、私がいなければ英語の講義の通訳するものがいないので、休みたいと訴える身体を鞭打って、がんばっている。



日本ではわたしはひとりで山の上に暮らしていて、いつも、人間がたくさんいる場所に、ずっと長くいることが少ない。

仕事のときは下山するけれど、ヨーガのクラスのときはわたしは高次元と繋がっているので、今みたいに、がっつりと三次元にどっぷり浸かっていることがほとんどない。

そして、あまり、仕事以外で人間と共に時間を過ごすことが少ないので、三次元的な思考の渦の中に入っていることが、ほとんどない。

その、三次元的な環境の影響か。

それに加えて、パートナーのインド人に対して、愚痴とフラストレーションが山ほどある。

彼は、自分がやっているヨーガ以外は全否定する。

そして、わたしのことも、信じていないようだ。

わたしは、彼よりも、指導歴が長く、経験も長く、彼と同じ資格を彼よりもずっと前に取得しているというのに(これはエゴか?)、わたしを信じてないようだ。

そして、わたしは、生徒さんを日本から集めるだけの役割だったらしく、いま、通訳しかやらせてもらえない。  この、わたしが。

話が違う、ということだらけだ、今回のネパールは。

彼は、なんの準備もしていなかった。 講座のことにしても、なにも。

そして、日本から来る生徒さんたちの宿泊する宿の手配さえもしていなかった。

信じていたのに、裏切られた気分。 いいかげんにもほどがある。

彼を怒るのもわたし、生徒さんたちに、謝るのもわたしの役目だった。

どちらも、できればやりたくなかった「感情」だ。

彼は、高次元の意識さえも信じていないらしく、わたしの感じる感覚さえも否定する。

人間としての彼はとても素敵なのだけれど、一緒に仕事をするのは、本当に厳しい。



毎日、慣れない通訳業で左脳の使いすぎで、頭が痛い。

そして、日本だったら、ヨーガクラス、ヒーリングクラス、瞑想、エネルギーワークで、右脳をしっかり使えるのに、いまは、ただの通訳だから、右脳を使うことができないし、時間もない。

だから、脳が、悲鳴を上げているのがわかる。

もともと、わたしは右脳系なのだ。

ガンジス川の水を飲んでも、おなかを壊さないわたし、

日本では体調をほとんど崩すことがない私が、胃痛と頭痛と、今夜は発熱と吐き気に苦しんでいる。

よっぽど、肉体が苦しがっているんだな、と思う。



夕方の講座が終わって、ベッドに呻きながら寝ていた、いま、深夜近くなって、やっと、起き上がれるくらいになった。

立ち上がるとふらふらしていた。

ここ数日、胃痛と頭痛のせいで、食事がきちんと取れていない。

水を飲んで、顔を洗った。

とても、寂しくて、孤独な気分だった。

今回のこのネパールでの講座。

まだ、終わっていないから、まだまだある詳しい愚痴は言わないけれど・・・・・・、学びだ。



また、ベッドに横になって、お腹に手を当てた。

熱があるので、手が熱い。

暖かさが、お腹の表面から奥深くまで、沁みこんで来るようだった。

子供のころのことを思い出した。

あれは、5歳くらいだったか。

お腹が痛くて眠れなかった。トイレに行って、泣いていたら、父がやってきた。

父は、ベッドまで連れて行ってくれて、お腹をさすってくれた。

あったかくて、やさしくて、とっても、とっても、嬉しかった。

今はもう、遠い存在の、父。

今夜、このベッドで、自分でお腹にヒーリングをしていて、あのときの感触と、気持ちを思い出した。

愛が、欲しいなぁ、とつくづく思った。

涙が出てきた。

わたしも人間。

いま、ネパールで、とても、孤独な気分だった。





身体はぐったりしているのだけれど、どうしても、眠れないので、このブログにアウトプットしておく。

誰かに聞いてもらいたかったのかな。 恥ずかしいな。

わたし、がんばっているんだけど、ここでは、あまりよい先生ではないみたい。

とても、悲しい。 とても、孤独。

でも、それも経験だ。 

ありがたい学びだ。

それでも、みんなを、無償の愛で包み込めるわたしでありますように。

わたしは人間であり、こうして、まだ、人間として生きているということは不完全であり、それが、不完全であるからこそ完全の方向へと向かうために、生きている。

スピリチュアルヒーラーであるわたしは、

人から「完全」だと思われてしまうことが多い。 

そして、人は、それを期待してやって来ることが多い。

そして、そうでないわたしを知ると、手のひらを返したように、冷たくなって去っていく。

完全なわたしでなければ、必要ない、とでも言うように。

とても、悲しいけれど、仕方がない。

わたしは、不完全だからこそ、こうして頑張って、人間としての学びの中を生きているのだから。



自分を抱きしめてあげたい。

わたしが、人々に、地球に、するように、たっぷり、自分自身にも愛を与えたい。

涙が出てくる。



気持ちが落ち着いたので、寝れそうだ。

明日は、体調がよくなりますように。

結局、愚痴っちゃったな。








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posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 02:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 《旅》インド・ネパール2014.4-6 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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