2013年12月20日

何も持たない人生は、失う恐れの無い人生



旅はいつも、素敵な人々との出会いも、ワクワクします。

今回も、素晴らしい出会いの連続です。

インドに来るたびに、起こる出来事、気づき、導かれる方向、出会う人々の神聖さが、回を増すごとにグレードアップしています。



聖地で出会ったアメリカ人の男性は、23年間、ただ、瞑想のみをして、世界の導かれるところに旅をしているそう。

いま61歳で、若いころ、大きな会社の社長さんをしていたそうで(「プレジデント」と、彼は言っていましたが)、

超多忙で、心身ともに大変だったので、一年間、仕事をお休みする、ということで一時辞めるつもりだったのですが、それ以降、二度と戻らなかったそう。

そして、それ以来、なんの仕事もしていないのだそう。

そう聞くと、常識人、現代人は、「プー太郎」とか、「ヒッピー」とか、ジャッジしてしまうのかもしれませんね。

でも、そうではなく、彼は、遊んで暮らしているわけではなくて、それからずっと、神の啓示に従って生きてるそう。

ですから、「聖者」ですね。

20年くらい前に、瞑想中に、チャクラが開き、宇宙へのゲートが大きく開いて、上へと上がり、

彼の言葉をそのまま通訳すると

「仏陀が入ってきて、僕の両腕をつかんで、ガクガク体を揺さぶったんだ。起きろー、スティーブン、目覚めろー!ってね。」

ユーモアあふれる彼は、彼なりに楽しく脚色して、ウインクしながらチャーミングに微笑んでいました。



仕事しないで、どうやってこの地球上で生きていけるのですか?と聞いたら、

「若いころに一生懸命働いた貯金で、とてもとても質素に暮らしているだけだよ」

と言う彼。

「家族もいない。妻も子供もいない。家も住所も無い。仕事もしていない。持っているものは何も無い。だから失うものも何も無い。思う存分、霊性の道を歩めるんだ。そして、それ以外のもの・・・お金も含めて・・・はなんにもいらないんだ。」

恐れがまったく、なにもない彼。

それは、なんにも、執着がないから。

「僕はサドゥ(行者)だよ。でも、普通の行者は、人間や自然から施しを受けるけれど、僕はATMから施しを受けるから、ATMサドゥと呼んでくれ。わはは」

とても、明るくて、冗談ばかり言って、そして、とてもとても、やさしく愛に溢れたおじさまでした。

本当に、本当に、いい人。

すごい人に出会っちゃったな。

本当に「すごい人」って、すごそうに見えないのです。

でも、実はすごい。

彼は仕事をしていなくてお家が無いけれど「ホームレス」なんて下衆な言葉で片付けるのではなくて、

わかる人にはわかる「神聖な人生」を生きているのです。

ただ、自由を求めて、やりたい放題しているヒッピーなどではなくて、本当に、神聖と繋がっていると、なにもいらなくなるのですね。

無執着・離欲を、努力なく楽しんでやっている。

ひとは「恐れ」から、目が曇っていく。

もともと、なにも持っていない、なににも執着していなければ、失う「恐れ」がないわけですね。

すごいなぁ。

こういうおかたと、出会う段階に来たんだなぁ、わたし。



今回の旅では、ほんとーーーに、いい人ばかりに出会います。

ブログには書いていないけれど、本当にたくさんの人々と出会っています。

行く先々、各所で、素敵な人々と知り合い、この先の人生に繋がっていくとてもよい出会いの連続です。

わたしのつながりが、インドに、世界に、どんどん、広がっていきます。









posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 《旅》インド・ネパール2013.11-2014.1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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