南インドのシヴァナンダヨガアシュラムにて。
アーサナのクラスに参加していたときのこと。
チャイルズポーズ(子供のポーズ、わかります?わたしがよくお休みで使うポーズです。正座のポジションから、お腹を腿に、おでこを床につけて、両手を足首の横に沿わせます)
をしていたとき、思い出しました。
ヨーガ指導歴、えーと、たぶんいま、12年くらいかな、わたし。(2013年現在)
ヨーガより前に様々な指導者という立場にいましたから、それを含めると指導歴という意味では16年!くらいです。
早いなぁ、あれから16年か。
昔むかーし、まだ、ヨガティーチャーではないたころ、初めてヨガクラスに参加したときのこと。
チャイルズポーズをしていて、インストラクターから「すべてリラックスして」と言われ、
あの姿勢で体を脱力したときの、心地よさ!!
あのときは、「脱力する」ということに感動して、ホッとして、涙がホロッと出てきたっけ。
当時の私は、フィットネストレーナー、エアロビ・ダンス・キックボクシングインストラクターなどをして、バリバリ動いていました。
今の私からは、全然、想像つかないでしょ?(笑
行列ができる、人気インストラクターでした(笑)はは。
いつでも、人から見られる華やかな仕事で、肌を露出するので、常に、プロポーションをキープしていなければいけない状態で、
いわば、外側からみた自分にいつも囚われていたんですね。
見た目の美しさを要求される仕事でしたから。
内側に目を向ける、ヨーガとは正反対の仕事をしていました。
そして、常に、寝ているとき以外は、ダンスのコリオグラフィーを、頭の中で組み立てていました。
体も、こころも、脱力することなんて、なかったんでしょうね、当時は。
結構、筋肉質で、綺麗なプロポーションをしていたので、ヌードの写真を撮らせてくれませんか?と真剣にお願いされたこともあります。(2回も!)
でもね、いつも、どこか、怪我をしていました。
捻挫したり、腰のヘルニアになったり、肩がだめになって腕が上がらなくなったり、首が回らなくなったり、股関節が痛かったり・・・・・。
いつも、どこか、痛かくて、毎日、テーピングしながら仕事していたな、あのころ。
健康的な体の「見た目」とは反対に、実は、とても苦しかったな。
初めてヨーガクラスに参加して、ポーズするのも、見た目の綺麗さばかりを追いかけていて、ずっと力が入っていたんだろうなぁ。
チャイルズポーズで「脱力して」と教えていただいて、
「ああ、そうなんだ、脱力してもいいんだ」と思ったら、とても楽になったなぁ。
「両腕の力を抜いて、上半身の重みを受け止めて、首の力を抜いて、頭の重みを感じて、いらない力がどんどん抜けていきます」
と、言われて、そのとおりにしたら、ああ、なんて、ホッとするんだろう、と思ったなぁ。
胸の奥から、何かがじんわりと染み出てきて、気持ちが柔らかくなって、涙がポロリと出てきたの、そのとき。
よっぽど私は、緊張した生活をすごしていたんだな、きっと。
毎日のように、筋トレして、踊って、体が怪我して悲鳴を上げていても、動き続けていて、
頭の中は、コリオグラフィーでいっぱいで、いつでも、フル回転だった。
がんばっていたんだなぁ、わたし、あのころ。
頭も、体も、もう、めいっぱいだった。
そのころ、
体の使いすぎで、体が疲労しすぎていて、咳をしたら肋骨が自然に折れてしまって、
でも、コルセットしながら、踊り続けて、インストラクターし続けていたっけ。
痛かったなぁ、つらかったなぁ、あのとき。相当、痛かったなぁ。
息をするのも痛かったのに、がんばって踊ったり、トレーニング指導したり、ピラティスデモンストレーション、パワーヨガもしたりしてたもんな。
休めばよかったのに、休むことができなかったんだな、そのころのわたしは。
止まることが、怖かったんだろうな。
結局、肋骨の疲労骨折はなかなか直らなくて半年ぐらいかかって、やっと、痛みなく、動けるようななった記憶がある。
若かったからなぁ、わたし。
ヨーガを始めて、本当によかった。
当時の、バリバリに筋肉を鍛えていたときよりも、いまのわたしの体のラインは、結構緩やかに、ふくよかになったけれど、
怪我はまったくないし、体調も最高によいし、心がとっても素晴らしいし、
健康そのもの!を、すべてで表している。
なにより、小さな枠に囚われず、大きな宇宙的レベルで自分を感じられるようになって、
「ワンネス」が、なんて、素敵なんだろう。
愛が、溢れて、まわりのすべてを覆い包んでいくことで、
わたしも、こんなにも満たされる。
わたしにとって、「ヨーガ」の第一歩は「チャイルズポーズ」で感動したこと。
そう、みんな、アーサナからヨーガに入門する。
わたしもそうでした。
でも、もっと、もっと、深いんです、ヨーガって。
もっと、もっと、みんなに、ヨーガの深さを知ってもらいたいな。
アーサナだけではない、「真髄のヨーガ」について、みなさんにもっと伝えていきたいな。
レクチャー的に、お堅く表現すると、
「瞑想の実践で、マインドがクリアになり、ピュアな真なるものとつながり、隠されていた純粋な知性が現れることで、エゴが減っていき、そして、魂の源からの叡智と繋がることで、ハッピーになるのです。」
それは、ブログでチョロット、教えられるものでは、ないと思う。
インドで、そんなことを感じました。
やっぱり、ヨーガはインドですよ。
アメリカのヨーガの資格も、もちろんわたしは持っていますが、いやいや、やっぱり、西洋のものではなく、東洋の思想ですよ。インドですよ。
この、インドの土地に根付いているスピリチュアリティーが、ガップリ、ヨーガとリンクします。
私にとってのヨーガは、インドの波動が根っこにあります。
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インドでの修行は順調でしょうか?(^^)
わたしにも、エアロでくたくたになるほど体を酷使していた、そんな時期がありました、先生と同じころです。
今は、ヨガや温泉、たまにはエアロビクスと、ゆっくり過ごしています…
休めることって大切ですね。
ユキ先生と同感です。
では、ひきつづき素敵な日々をお過ごし下さいね。
今の私は、脱力がなかなか出来ずに眠っている時も全身で力んでます。
ユキ先生のヨーガの時間は、脱力を感じます・早く帰って来て下さい。
楽しみに待ってます(^-^)
コメントありがとうございます。
いつも、たくさんの愛を、ありがとう。