2013年12月03日

日本人として


そうですよね。
これだけ、インドが好きで、頻繁に行っていたなら、勘違いされますよね。
でも、皆さん。
わたしはインド人になりたいわけではないのです。
インドに永住したいわけではなのです。
しばらく住んで、学びたい気持ちは強いです。
でも、「住んでしまいたい」という言葉は、永住、ではないのですよ。「しばらく」なのです。

下記、3時間以上かけて、心をこめて書きましたので、読んでくださいませ。


********


はい。インドは「バクティ」という意味では非常に居心地がいいです。
聖地では、誰も彼もが祈るため、だけ!に生きています。
わたしの友人のタクシードライバーが言っていました。
「俺は、神(祈る)、仕事する、家族、それ以外は何もいらない。」
最高のバクティだな、と思いました。
インドでは階級制度があり、タクシードライバーは学校にも行けない人たちで、階級的には低い人々なのです。
でも、わたしは、真剣に、なによりも神を最優先して、それさえあればなにもいらない、と言う彼を心から尊敬しました。


インドの聖地では、「生きる、生活する」の優先順位の一番が「バクティ・祈り」なのです。
道端でお祈りしていても、どんなところで瞑想していても、誰もわたしを気持ち悪がりません。
石とエネルギーをつなげても、過去世の話をしても、根掘り葉掘り、興味本位で茶化す人もいません。
わたしのエネルギーを解放できるので、スピリチュアルな国は、やはり居心地がいいです。
「気持ちがいい」、という表現はとはちょっと違うかな。
気づき、学び、の中では苦しいときもありますから。
そこを越えると、ワンネスの愛の広がりが素晴らしいのですけどね。
でも、その学びの苦しみさえも、とても、幸せと感じています。
それは、過去世からの学びでもあり、神から与えられる、数々の奇跡からの気づきだったりいろいろです。
聖地にいる、すべての人々が祈ることで起こる、この波動は、日本では難しいです。
ですので、インドの聖なる場所にいると、この波動で、胸が震えて、自然と涙が出てきます。


はい。もちろん。
わたしも日本人に生まれたからこそ、日本にいまも住んでいます。
日本で、日本人として生まれてきた意味があることを知っていますので、これだけインドにご縁があっても、日本に住んで、日本人のために、がんばっています。
わたしも、世界一平和な国、日本に生まれて本当に幸せです。
世界一いい人の人種、日本人で本当によかったと思います。
(世界各国の方を相手にヨーガを教えていましたから、いろんな国のかたとお話させていただきまして、「日本人が世界一だ!」と思いました。)


わたしは日本人を誇りに思いますし、日本のことが大好きだからこそ、震災のボランティアや、亡くなったたくさんの日本の方々の慰霊の行脚にも、毎年、何回も行きました(行脚は独りで参加しました)。
わたしが日本人であるからこそ、こうして、日本のために祈ることができます。
わたしが日本人であるからこそ、インドの聖者の智慧や、ヨガの恩恵を日本の皆様にお伝えできるのだと思っています。
インド人になりたいとは、思ったことがありません。
というか、日本人がいいですよ、もちろん。
インドは、まだカーストもひどいですし、生活がとても大変です。
「インドに住んじゃおうか」なんて、冗談めかしていったりもするけれど、その意味は、日本人として、インドに少しの間住んで、もっと学びを深めたい、という意味であり、永遠に住みたいと思ったことは、一度もないのですよ。
わかってくださいいますでしょうか。


日本は、少しずつ、少しずつ、なのです。
少しずつ、変化していっています。
その少しずつの変化に、私たちヒーラーや、ライトワーカーは合わせて、光を広げていくのです。
わたしも、お弟子さんたちにも、その役目があるのですね。


あるかたが、「インドで自分を見つめてください」と言ってくださいました。
とても誠実なかたで、愛にあふれたかたです。
その言葉をお聞きして、果たして、わたしはそうなのか?と自分を内観しました。
わたしは、インドで「自分を見つめて」いるというよりも、「世界を感じて」います。
「自分」という個人的な枠ではなくて、です。
世界の中の、宇宙の中の、わたし、という存在の役割を、感じています。
「個人的な枠を越えて「あなた」が浄化されることで、あなたはもっと与える人となり、世界は浄化される」
と、はっきりと、毎日、繰り返し、メッセージをいただいています。
そして、その宇宙の中のわたし、という感じ方の中で、わたしが日本にいること、日本人として、生まれたことも、わきまえています。
本当ですよ。
わたしは恐れのない「鳥」ですから、ピンと来たら、どこでも飛んでいきますが、
いまだに、日本に住んでいるということは、そういうことなのです。
生徒さんたちや、ブログなどの一般公開するものには、説明が難しいので、
「インドが大好きだから、住んでしまいたい」と、ただ言っているわけですが、
インドは、やはりアセンテッドマスターたちに選ばれた国だけあり、滞在し、スピリチュアルな生活をすることによってしか、深められないものがあると感じます。
それは、事実です。
それが、わたしにとってとても学びとなるので、もっと長くいたい!と思わせるのでしょうね。
ただ、好きだから、という理由ではないですし、その、学びは、日本のみなさんのためにもなるということを、皆さんがわかってくださることを期待します。


わたしは、日本人に生まれた意味があり、だからこそ、こうして、日本で日本人のみなさまのために愛を広げています。
日本のことを責めている、のではないのですよ。
そういった、個人的なわたしの好き嫌いではないのですね。
日本も地球と一緒に、アセンションしていきたいです。
そのために、わたしも、私のお弟子さんたちも、時間をかけて、命を削ってがんばっています。
だからといって、インドが高次元なのか、といったら、そうではないのです。
インドがよくて、日本が悪い・・・・・という、問題ではないのですね。
インドにも足りないところがあり、日本にも足りないところがある、それはそれぞれ違うのだということ。


もう少しずつ、もう少しずつ、「宇宙・ブラフマン・大いなる力・愛・光 など」への意識が高まることが必要なのだと感じます。
わたしは、日本人として生まれた意味があることと同様に、こうしてヨーガに出会い、インドに導かれている意味があるからこそ、こうして何度も訪れます。
それは、日本を非難するためではなく、日本とインドの架け橋なのだと思っています。
そして、それは「犠牲的」なのではなく、それが私の喜びだから、行っています。


結論として。
わたしは、もちろん
日本を愛していますし、
日本人に生まれて、本当に、本当によかったと思っています。
外国に暮らしたことのある、多くの日本人がおっしゃるように、
わたしも、思います。
「世界を見て、初めて、日本の素晴らしさがわかる」
そう、わたしは、日本は世界一の国だと思うし、日本人を誇りに思います。
だからこそ、こうして、日本にとって必要だと思うことを、私なりにがんばっています。
わたしにできることは、祈ることや、エネルギーを広げること、愛の波動を高めること、ヒーラーを作ること、ヨーガを通して平安を広げること、内なる光への架け橋となること、苦しんでいるかたを愛で想って差し上げること、エゴをできるだけなくしワンネスを広げること、
など、派手なことはありませんし、わたしはまったく有名な人物なんかではないですが、
わたしにできることを、誠実に行っています。
それが、わたしのカルマヨーガであり、バクティーヨーガであり、
なにより、わたしの喜びなのです。

心をこめて。
合掌



posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 《旅》インド・ネパール2013.11-2014.1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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