2012年08月14日

表現をするということ



最近、

心が柔らかくなっています。

小さなことで感激して涙ぐみます。

胸の奥が、ポカポカ、しています。

ふとしたことで、魂が、ブルブルッ、と震えます。

今は、そういう時期なのでしょう。

一分一秒、大切に、この時期のわたしをゆっくり観察しています。

こういうときは、書きたいことが溢れてきます。

でも、感じたままをそのまま書いてしまうと、頭おかしいと思われてしまう(笑)ような内容になってしまうので、

ネットは気を付けなければいけませんね。



私は、「おしゃべり」が苦手です。

私の生徒さんの皆さんは、信じられないでしょ?

お仕事の時、ヨガを教えているときは、私はスイッチが入り、大きな力と繋がっているので、

勝手に言葉がスラスラ出てくるのです。

だからヨガを教えているときの私は、私でありながら、見えない力が働いている、わたし。

実際の、プライベートのわたしは、とてもシャイで、お喋りが苦手なのです。

でも、プライベートの私を知っている人は、家族だけかな。

これも、わたし、そして、それも、わたし。



私は多分、人よりも感じることがたくさんあるのかな?と思います。

感受性が豊かすぎるのかもしれません。

私は生まれたときからこの肉体の「わたし」で、他の人間になったことがないので、

他のかたが、物事をどんなふうに感じ取っているのかは、わかりません。

でも、他のかたのお話を聞いたり、私が感じてることを話したりすると、やはり、あれ?違うんだ、と思うことが多いです。

うまく言えないのですが、浅い、深い、の感覚が、違うんだ、と思います。

そう感じ始めたのは子供の頃かなあ?

私が見るもの、感じるものを、いくら話しても通じない・・・・と感じて、だったら言わない方がよいのかもしれない、と口で表現することをやめました。



小学生の時から、詩や小説を書いていました。

口で表す代わりに、文字として表現することを選びました。

わたしは、毎日毎日、詩を書いて、自分の感じること、胸の奥が震えることを、子供ながらに表現していました。

その時の気分に合った色の折り紙を選んで、その裏に詩と絵を書いていました。

そう、絵を書くのも好きでした。

特に、色鉛筆で描く、淡くて繊細な絵。



大人になって、やはり、書くことが好きです。

口でうまく自分を表現できないぶん、文章にするとうまくまとまります。

とはいえ、私が感じていることを100%完璧に伝えることは不可能で

ひとつの文章表現をとっても、人それぞれ、実に十人十色の受け取りかたをされますね。

読者に感想をお聞きすると、「へえ〜、そういう視点でとらえるのかあ〜」と、驚くことも少なくないです。

私の表現を読んで、そのかたの、もともと内に持っているものが、反映されて、味付けされて、理解されるのでしょうね。

それでも、良いも悪いも、

私が書いたものが、そのかたにとって、何かのきっかけや、閃きや、癒しや、気づきとなっていることが、私の喜びでもあります。

表現者として。

私は、書き続けていきたい。

私自身も、日々、確実に変化し、

毎日、書きたいことが変わっていき、

たとえ同じことを書いたとしても、私の日々の変化とともに、時期が変わると、表現も変化します。

過去の日記や記事を見ると、幼さに恥ずかしくなるときもあります。

でも、その時のわたしも、わたし。

毎日、毎分、どんなときも、精一杯生きて、その時の力の限りに輝いているわたしです。

痛いほど誠実に生きている。

私は、書き続けたい。

表現していきたい。

いつのひか、

その、方法さえもわからないけれど、

「本」という形に残せたらいいな

なんて、淡い夢です。

お盆の慌ただしさの中、雑記にて。


posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 05:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 内なる豊かさへのシェア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はいっ。わかります。一冊の小説を読んでも読み手が千人いれば、千通りの、一万人いれば一万通りの解釈、感想があるんだと思います。 実は私もそうなのです。口下手で理解していただけると思って言っても、人はなかなか理解してくれません。それはとても悲しいし、心がひどくすさみます。痛みます。でもそれは、もう如何しようも無いこと、しかたの無いことだと、最近は思う様になりました。この地球に七十億近い人間が生きていて、その人それぞれに、七十億通りの人生があるのだと。そしてその人生は誰も否定することはできないのだと。だからせめてヨガをしているときは、一心不乱に呼吸をしてみようとしています。私のヨガは、「泣きながら呼吸だけ」なのです。
Posted by よっ at 2012年08月14日 22:48
よっさん。
人間はそれぞれ違う感性を持っているからこそ、人間関係というのは悩んだり喜んだり、そういう奥深さがあるんでしょうね。
私のことを理解してもらえない悲しさとともに、その方のことも完璧にはわからないのも事実です。
そしてなにより、自分自身のことも、きちんと理解しているかどうか、と言われたらクエスチョンです。
この、難しい人間関係の社会の中で、わたしたちは成長していくのでしょうね。神様が作ったこの世界のシステムはすごいと思います。しっかり精進したいです。
ヨーガは、「いま」を感じるものです。呼吸に意識を向けると心がシンプルになっていきます。素敵ですよね。わたしもヨーガ大好き。
よっさん、自分を愛し、生きている喜びを、肉体とわかちあってください。泣かないで。愛を送ります。
Posted by ユキ at 2012年08月16日 07:38
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