鼻から息を吸い込む。
湿気を含んだ空気が、眉間のあたりに流れ込む。
見上げると曇り空。
まもなく、雨が降る兆し。
降る前の、この「雨の匂い」。
「雨の匂いってあるよね? でも、ユキ以外の人に言っても、こういうかんじ、わかってもらえないんだよね」
むかし、むかし、まだわたしがライオンの子供だったころ、
そう言って、同じ感性を共有した一人の少女がいた。
少女はまるで、真っ白なウサギのような子だった。
この「雨の匂い」を感じるたびに、いつもその白ウサギ少女を思い出す。
水を含んだ風がわたしにからみつく。
顔に、長い髪に、両脚に、まるで遊び盛りのベイビーのように、絡んでくる。
私は両腕を、大きく広げて受けとめる。
湿気があり、どっしりと重たく、それでいて柔らかい風。
私の顔を洗う。
髪をなびかせる。
心の底にある記憶を、サワサワと揺らしていく。
コン、コン、カカン・・・・
小さな用水路のあたりで、なにやら音がする。
コン・・・、コン・・・・・
水が滞っているところに、コーヒーの空き缶が浮かんでいる。
その缶が、用水路の石の壁に当たっているようだ。
コン・・・・・、コンコン・・・・・・
流れる水と、なびく風と、空き缶が会話をしているよう。
そこに、わたしも混ぜてもらおうか。
よいしょ、としゃがみこむ。
さあ、聞いてあげるから、話していいよ。
「こうして水と風に揺られて、ボク船酔いなんだよ」
あらま、お気の毒に。
風が吹く。
頬をすべる。
わたしのリンゴのほっぺを、両手で包みこんで愛を伝えていく。
「大好きだよ」
やさしく髪を、撫でてイイコイイコ、してくれる。
「いつもここにいるよ」
わたしは両腕をめいっぱい広げてみる。
待ってました!・・・・と、駆け寄って抱きついてくる。
「一緒に居たいよ」
両腕に、体に、絡みついて甘えてくる。
風が、わたしをたくさん、愛してくれる。
空を見上げる。
暗い雲。
もうすぐ、雨になりそうだ。
わたしは「雨の香り」を、感じる。
ライオンの子供と、白ウサギと、
愛にあふれた地球と一緒に。
