2012年01月26日

愛の表現



レイキのお弟子さんに、日本に住む外国人のかたがいらっしゃいます。

彼女から素敵なメールをいただいたので、ご本人の了解を得て、ご紹介させていただきますね。



彼女が先日、母国へ帰郷されたときのこと。

実家は大家族で、皆でワイワイ賑やかに過ごされたようです。

いつも日本で寂しい思いをしているでしょうから、とても楽しかったでしょうね。

お母様の手料理の、変わらぬ美味しさに感激されていました。

日本では食べられないですもんね。

彼女が日本に戻るとき、お母様がこうおっしゃったそうです。

「あなたは本当にがんばっているね。お母さんは、あなたになんにもしてあげられないのに、あなたは一人で日本でがんばっているのね。本当に偉いわね。また行ってしまうと、寂しくなるよ。」

彼女は、「なんにもしてお返しできないのは、こちらのほうなのに…」と、胸が熱くなったそうです。



しばしば、お母様と国際電話をされるそうです。

電話を切るとき、お母様はいつも、「私のかわいい娘、愛しているよ」と、言ってくださるそうです。

彼女も照れながらも、「私も」と答えるそう。

素敵な文化ですよね。

日本にも「愛の表現」が、もっとわかりやすくあればいいのにな、と思うときがあります。

日本人は、素晴らしい思いやりと、大きな愛情を持っているにも関わらず、それを表現することを、「恥ずかしい」と思ってしまうのではないかと思います。

もちろん、私も含め、です。

私は、外国にご縁があり、これまで何度か外国に暮らしたり、たくさんの国を訪れ、いろんな外国人と接してきました。

外国にいるときは、回りに影響され心が開き、「愛の表現」が容易くできるので、とても居心地がよいです。

しかし、日本に帰るとまた、「日本人的消極性」に戻ってしまいます。

「言わなくてもわかってるでしょ」的な態度になってしまいます。

でも、「言わなきゃ伝わらない」、ということは、実は知っているのですが。



彼女はメールでこんなふうに語ってくださいました。

「親が亡くなったあとに後悔しないように、できるだけやさしくしてあげたい」

本当に。 まったくその通りですね。

いなくなってからは、親孝行、したくてもできないですもんね。

これまでの私の波瀾万丈の人生の中で「つらいこと」は、本当にたくさんありました。

苦しい時期、埋もれている時期、いつも、母がさりげなく側にいてくれました。

母がいたからこそ、たくさんの「つらいこと」を乗り越えてこれたのだと、改めて気づきます。

本当に、ありがたくて、頭が上がりません。

下手くそながら、これから、親孝行をして、感謝を表現していけたらいいな、と思います。

彼女からいただいたメールを拝見して、私の心が愛で溢れました。

合掌

百草園7



posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 04:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 心あったかもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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