先日、東京で。
ホームから電車に乗り込みました。
横長の座席の端っこのあたりのつり革につかまりました。
その日はお天気が良く、気温もぽかぽかと暖かく、電車の中ではジャケットの下に、じんわりと汗ばむほどでした。
疲れて、焦点が合わない目を、ぼんやりと窓の外に向けていると、目の前で不思議な動きをする老人が、視界に入りました。
老人は、電車のドアの傍らに立ち、本を片手に広げながら、もう片方の手をしきりに動かしていました。
人差し指をのばしてみたり、てのひらをゆらゆらと揺らしてみたり。
グーにしたりパーにしたり、ササッと空中を切るように動かしたり。
はて?
なんの合図なんだろう?
わたしは老人の読んでいる本を、気付かれないように覗きこみました。
本は書店のカバーがかけてあり、表紙は隠されていたのですが、ページには図解で手話のかたちが載っていました。
それを見ながら、老人は、わたしが凝視しているのも気がつかず、
まわりのことなんか、気にもせず、
一生懸命、手を動かしては練習していました。
手を動かしていたかと思うと、ふ・・・・・と動きを止め、何かを考えているような神妙な顔つきで
じーーーーーーーーっ、と空間を睨んでは、
また、せっせと手話の練習をするのでした。
老人は、おそらく70歳は過ぎているでしょう。
やさしそうな目尻のシワと、年輪を重ねたゆるゆるの手の甲、たくましい5本の指、短く切りそろえられた爪が印象的でした。
本にかけられたカバーは、新品というには程遠く、くたくたにくたびれて、数え切れないほどページを綴っていることを物語っていました。
どうして、その年齢から手話を学んでいるんだろう。
どうしても、会話したいかたがいるのかしら。
ボランティアをしているのかしら。
愛する人が、耳が聞こえなくなってしまったのかしら。
おじいさん。
がんばって。