「プシュゥーーー!!」
電車がホームに緩やかに到着し、ドアが左右に開いた。
数人の人が出て行き、数人が乗車したようだ。
膝の上に乗せた大きなバッグの、その上に広げた教科書で勉強をしながら、視界に入る人の流れを感じる。
神奈川県と東京都の境くらいのこの場所では、新宿のような殺人的な人混みがないので安心する。
わたしはいつも、電車の一番前の車両か、一番後ろの車両を選んで乗ることにしている。
人混みが、大嫌いなのだ。 端っこならば、少しだけ平和に乗車できる。
発車の音楽がなり、ドアが閉まる瞬間に、「バタバタバタ・・・・・!」と空気をかき混ぜるような騒がしい音がして、はっと顔を上げた。
ハトだった。
バタバタと、羽をはばたかせ、車内を一周ぐるりとまわる。 乗客たちにごあいさつ。
乗客はみな、顔を上げ、この珍客を目で追っていた。
わたしとハトさんが乗車したのは進行方向一番前の車両。 運転席が見えるガラスについている銀色の手すりポールのところに、ハトさんはチョコン、と着座した。
ガラスに邪魔されて、体が斜めになりながら、グラグラしながら、なんとかしがみついているようだった。
ツルツルの銀色ポールは、ハトさんの小さな手には滑りやすく、わたしは「落ちないかしら」、とハラハラしながら見守っていた。
車両の中にいるみんなが、ハトさんをじっ・・・・と見守っていた。
ハトさんは、キョトン、とした顔をして、おとなしく前進する電車の風景を楽しんでいたようだった。
どこに行きたいのかな。
どこの駅で降りるつもりなのかしら。
きっと、いつも上空から電車を眺めていて、一度、この四角く長い乗り物に乗車してみたかったんだろうな。
ハトさん、いらっしゃいませ。
乗り心地はいかがですか?
自由に大空をはばたくあなたには、この小さな箱の中にじっとしているのは、とっても窮屈でしょう?
次の駅のホームに近づき、電車がゆるやかに減速していった。
ドア付近に立っていた男性が、ドアが開くと、ハトさんを手でドアの外に促した。
バタバタバタバタッ・・・・・・・!!
羽ばたきの音の余韻を残して、ハトさんは勢いよく外に飛び立っていった。
ホームの向こう、電線の隙間、空の奥へ奥へ・・・・・あっというまに姿が見えなくなってしまった。
自分の本来の生活へと戻っていったのだろう。
ああ、わたしをおいて、行ってしまった。
もう少し一緒にいたかった。
「鳥」はいつもわたしの直観をくすぐる。 わたしの人生で、いつでも「カギ」となる存在だ。
わたしの日常に、ヒョイ、と現れた気まぐれなハトさん。
わたしに、なにを伝えてくれたのかしら。
