2015年06月30日

ネパール大震災支援リポート その4(被害にあった村を訪問)




ネパール大震災支援リポート その4(被害にあった村を訪問)



「地球の波動を上げる祈りのプロジェクト」
http://yukismyogaism.seesaa.net/article/419855716.html


ネパール滞在中は、時間があまりないので、帰国してから、必要だと感じることはゆっくり詳しく、アップさせていただきますね。

ひとまず、ここでは、キーワードだけ。


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2015.6.28の活動


ダルマスタリという、被害にあった村へと訪問させていただく機会があった。


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トタン屋根の仮設住宅に暮らしている方が多くいらっしゃる。


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みな、私を見る時、まず不思議そうな顔をして、それから私がニコッと笑うと、あちらもとても素敵な笑顔を見せてくれる。

素朴で、とてもあったかい、自然にあふれた村。


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被害にあった土地を実際にこの足で踏ませていただけることがありがたい。

できるだけいろいろなところにって、土地の癒しを行いたい。


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村を歩いていたら、日本の「こいのぼり」を発見。


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つぎはぎで、手作りのように見える。

おそらく、復興支援の方々が作って送ってくださったのだろう。

いろいろな国の言葉でメッセージがかかれている。


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支援者の愛がドキュン、とハートに響いて、思わず、胸がいっぱいになって、涙が出てきてしまった。

すごく感動して、ハートが開いて、喉が苦しくなるほど、かなり、かなり、頑張って、堪えた。

私が泣いても仕方がないのだ。



村の子供たちが通う学校も、一部の建物が使えなくなっていて、仮設の竹小屋?みたいなところでお勉強していた。

わたしは、ぶらぶらして、あちこち、癒しのシャボン玉エネルギーを振りまいていたので、ふらふら、ふらふら、あちこち歩いていた。。

ふらりと、竹小屋の教室を覗いてみると、みんな、わたしに興味津々。

わたしがこっそり覗きながら、変な顔をしたり、手で合図をしたり、ちょっかい出してあげると、とても嬉しそう。 


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子供、かわいいなぁ。

どうか、幸せになってね。


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合掌
posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 《旅》ネパール大震災支援2015.6-7 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月29日

ネパール大震災支援リポート その3(ビジョン)



ネパール大震災支援リポート その3(ビジョン)



「地球の波動を上げる祈りのプロジェクト」
http://yukismyogaism.seesaa.net/article/419855716.html


ネパール滞在中は、時間があまりないので、帰国してから、必要だと感じることはゆっくり詳しく、アップさせていただきますね。

ひとまず、ここでは、キーワードだけ。


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2015.6.27の活動

日本で感じていたビジョンを、ひとつひとつ、クリアしていった日でした。




神話で神様の伝説がある場所にて。
もんじゅしゅりの神様が光としてメッセージをくださり、最後はお花をくださった。


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ヒンズー教の寺院。

聖なる巨石の、ビームのような光を復活させるお手伝いをさせていただいた。
数えきれないほどのハトたちが、頭の上を騒々しくかすめていた。

人々のリスペクトが薄れているがゆえに、石の神聖なるパワーが落ちてしまっていたようだ。


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龍の神話がある森の中の湖に、日本から持参した、小さな石を、池に投げ込み、龍へと捧げたら、大きな龍は金色に変化した。

龍から「楽しみなさい」とメッセージをいただいた。
Life is so beautiful.





山の上の聖地にて、この山を育んでいるのであろう、マザーツリーに出会い、その木のエネルギーを自分に入れてみた。
とても、深い、深い、エネルギーだった。

そこでの出来事は、日本ですでに見ていたビジョンと同じだった。
そして、ビジョンの通り、この地の封印を解いた。

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車のタイヤが、土砂降りの地盤沈下にはまってしまった。(ネパールはいま雨季)


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道を間違えたりしてなかなかたどり着けなかった。


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そして、苦労してやっとたどり着いた山の上のチベット僧院。


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日本で、ここも、波動を感じていた。

到着して、中に入ってすぐに、円状に石が詰められている広い広場に入った瞬間、祈りの舞のスイッチが入った。

蛇にもなり、鳥にもなり、龍にもなり、水にもなり、

最終的には、大きな大きな塔に、私自身がなった。

宇宙の情報をキャッチし、世界中に広げていく、電波塔のような塔。


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大きな大きな木から、宇宙を教えてもらった。

その木の胎内には、赤ちゃんがいっぱいいて、幹は血液がたくさん流れ、枝は星が宿って、ふるふると震えているようだった。



この日は、日本でみていたビジョンを、ひとつひとつ、クリアしていった日だった。


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心から、この度のネパール活動ができる幸運に、感謝しています。

合掌


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posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 10:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 《旅》ネパール大震災支援2015.6-7 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月27日

ネパール大震災支援リポート その2(歩く・祈る・供養する)



ネパール大震災祈りの支援報告 その1。



普通の支援ではなく、私だからこそできる支援をしている。



いきなり最初から、ものすごい、濃くて、重くて、大変だった。



カトマンズ市内は建物はしっかりあり、人々も普通に生活しているように見える。

市内をマントラを唱えながら、祈り歩いていると、ものすごいたくさん、霊がついてきていた。


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今日は死者が多かった場所を含め、カトマンズ市内を6箇所、祈り歩きながらご供養してまわった。



崩壊したお寺では、どしゃ降りの雨の中、祈りの舞を踊り、龍たちとともに光の塔を建てた。

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大きな川沿いでは、霊に引っ張られ体がグラグラ揺れ、落ちそうになったので、光の境界線を作り、ご供養のマントラを紙に書いて流し、癒しの花の花びらを光として撒き散らした。




たくさんのかたが亡くなったビンセンタワーでは、嘆きの霊たちの叫びがすごくて、私は、グレートマザーとなり、声のバイブレーションで子守唄とし、癒しの舞を踊った。

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祈っているので写真を撮るタイミングがなかなかない。

投稿は崩れた写真ばかりになってしまったが、いままだ崩れているところは中心地では、ごく一部分。



簡素なリポートですみません。

とにかくヘトヘトだ。

明日も頑張ろう。

合掌




posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 02:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 《旅》ネパール大震災支援2015.6-7 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月25日

ネパール大震災支援リポート その1(出発の龍)


ネパール大震災支援リポート その1(出発の龍)



「地球の波動を上げる祈りのプロジェクト」
http://yukismyogaism.seesaa.net/article/419855716.html



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出発から、てんやわんや、ありました。




出発の数日前から、とにかく、体中が痛く痛くて・・・・・。

それは、筋肉痛とか、疲れとか、そういう類のものではなくて、

筋肉の奥・・・・・というか、骨の芯・・・・というか、体の深いところから、

じゅくじゅく、じゅくじゅく、痛いのです。

出発の当日は、もう、マックス、つらかったぁ。



こういった、体の痛みは、魂の覚醒が進めば進むほど、わたしに起こってきます。

いろいろなタイプの方がいますが、わたしは、肉体に負担がかかるタイプなのです。

そこに、学びがたくさんあるから、そうなのです。

自分の肉体もすべて使って、様々なものを癒したり、交渉したり、学んでいるからです。

これから起こることがわたしの成長につながるがゆえに、様々な、封印・ブロックが抵抗・葛藤をして、三次元の肉体に現れている、という理由もあります。

あとは、

光のお仕事をするときは、闇の邪魔が入る、ということもあります。




空港に向かう途中、

神界からの任務がまた一つ、明確になりました。

わたしが、数日前に、チャネリングをして描画で描いたものとつながりました。

静かに、ふつふつ興奮がやってきて、わたしは目を閉じました。





出発の日は、てんやわんやでした。

先日の、国会議事堂前のご祈念に行った時もそうだったのですが、どうしても、予定通りに、スムーズにたどり着けない状況になるのです。

今回も、まあ、それはそれは、いろいろと起こりまして。

車で送ってくれた夫と二人で

「いやぁ、出発前から、試されているねぇ〜」と、つぶやいたほどでした。

直前で、現地から頼まれて持っていくことになっていた、壁の補修工事のモルタル30キロのチェックが入り、

あわや没収かっ!? とハラハラしましたが、大丈夫でした。 よかった。



飛行機に乗り遅れるギリギリセーフで搭乗し、喉カラカラで、ほっと安堵の溜息をつきました。

いま、乗継のタイ、バンコクの空港です。

待ち時間がかなりあるので、書ける時に、リポート書いておきます。




日本から飛行機が離陸するとき、

珍しく、心がざわざわ、ざわざわ、していました。

今回の旅は、本当に、わたし、おかしいです。

魂の求める旅に出て、心ざわめくことなど、いつもなら、皆無なのに。

おかしいです。



それで、

いつものように、離陸の時には合掌をしてマントラを唱えてお祈りをするのですね。

そのときに、

ぐにゃん、ぐわん、

と、次元が歪んで、

ゴゴゴォーーーーー・・・・・・なにか大きなものを感じました。

意識を向けてみると、それは、とてもパワフルな龍でした。

日本のヒーラー・シャーマン仲間たちから、送られてきたものでした。




なんて、なんて、ありがたいのだろう。

胸がじーんとしました。

日本から、守ってくれているんだぁ。




パワフルな龍は、飛行機に寄り添うように・・・・包み込むよう・・・・守ってくれていました。

ネパール現地でも、呼ぶとお仕事してくれそうです。




あと1時間でカトマンズへの飛行機の搭乗時間です。

次の飛行機も、平和でありますように。






posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 《旅》ネパール大震災支援2015.6-7 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月24日

6/24更新 地球の波動をあげる祈りのプロジェクト



「地球の波動をあげる祈りのプロジェクト」



パンゴンツォ30.jpg


2015.6.24

まもなく自宅を出発し、空港へと向かいます。

現地のかたから頼まれて、崩れた壁を補修するモルタル?を30キロ持っていきます。

自分の荷物も合わせ40キロ。

初体験の重さで、女性が一人で持って行けれるのか?と頼まれたときは、びっくりしましたが、それほど、現地では困っていらっしゃるのでしょうね。

日本とまったく違う政治情勢なのだそうで、海外からの荷物は、政府が横領してしまうことがあるのだそう。

または、ネパール人が海外から帰国した時に持ち込んだ荷物も、普通に、たやすく、政府に没収されてしまうのだそう。

わたしのような、外国人だと、あまりチェックされずスルーしてくれることが多いのだそうで、だからこそ、わたしに依頼されたのだそうです。

でも、没収されそうになった時のイザコザや問答なんかあったら、どうしよう・・・・と、軽く心ざわざわ、ではあります。

とにかく、冷静にがんばろう。




カトマンズで私なりの祈りの震災支援をしてきます。

本当にありがたいことに、たくさんの生徒さんや知り合いのかたたちが、とてもたくさん旅費のカンパをしてくださいまして、私は宇宙のお仕事をさせていただくことができます。

嬉しくて涙が出るのと同時に、

緊張感と、ふと気づいてしまう不安感を、

冷静に味わっています。



しばらくのあいだ、毎日、ネパールからレポートを投稿させていただきますので、どうか、ネパールに意識を向けてくださいませ。

共に、地球を癒し、波動をあげる、サポートをお願いいたします。

どうぞ、よろしくお願いいたします。



6/28には、カトマンズにて「歓びの波動を上げる シャーマンヒーリング 一斉ワーク」を行います。

記事はこちら → http://yukismyogaism.seesaa.net/article/420954532.html

わたしの誕生日に、魂の歓びを湧き立たせて、地球の癒しとともに、日本の皆さまにもワークさせていただきます。

一斉ワークは、ものすごく肉体的にも、エネルギー的にも消耗が激しいので、とくに海外からの一斉ワークの時は、いつも、寝込むか、倒れ(かける?)ように疲労困憊をしてしまいます。

そういった理由から、今回は、ちょっと、倒れていられない状況ですので、有料ワークのみと設定させていただきます。

有料ワークにさせていただきますと、確実に受け取っていただけますので、わたしの消耗が少ないのですね。

ご理解ありがとうございます。

(有料では難しいけれど、どうしても参加をご希望になられるかたは、こちらに意識を向けていただくというかたちでの無料ご参加は可能でございます。)

たくさんのかたの魂の歓びの波動をあげることで、地球の波動をあげることに繋がります。

たくさんのかたに、ご参加いただきたいと願っております。



よし! では、行ってきます!

合掌

ラクシュミナラヤニ ユキ




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2015.6.19

着々と、わたしのエネルギー的な準備が進んでいます。

ずっと、エンジン全開で興奮状態で、神界から急かされていたのですが、先週から急にスローダウンして、アイドリング状態でした。

見えないところで、たくさんの情報を受け取っている感じがしていました。

浅間山の噴火があり、そしてまた、わたしは、充電期間を経て、アクセルを踏み始めています。

現地で行う祈りの儀式のビジョンとアイデアが溢れてきています。

地球にとって、最善・最良の祈りとなりますように。



義援金を預けてくださいました方々、ありがとうございます。

支援を待つ現地の方々にかわりまして、お礼申しあげます。

まだ、義援金受付しておりますので、ご希望の方はご連絡くださいませ。(銀行振り込みでも可能です)

今世での、功徳を積みましょう。



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2015.6.10

ネパール祈りの行脚の日程が決まりました。

6/24の深夜 出発 〜 7/2朝 帰国

同行者はおりませんので、ひとりで行ってまいりますが、現地に知り合いがいまして、おそらく、助けていただけると思います。

5/23以降に、ネパール復興義援金をお預かりしております分は、現地にて直接わたしが活動されているかたへ手渡しをさせていただきます。

まだ、ネパール義援金を受け付けていますので、ご希望のかたはどうぞわたしに預けてください。

銀行振り込みでも結構です。

責任を持って、お預かりし、きちんと、現地に届けます。

こうして、顔の見える寄付は、即!有効に使うことができるので、なによりも、現地の方は助かると思います。

過去のネパール義援金につきましての記事はこちらです。
http://yukismyogaism.seesaa.net/article/418310487.html

感謝をこめまして。

合掌


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2015.6.4

昨日の記事を読みなおしてみて、改めて、ちょっと感情が入りすぎているな、と感じましたが、

これも私らしさなのかもしれない、と訂正するのをやめてみました。

以前、「お涙ちょうだいの記事は気持ち悪い」と誹謗中傷されましたことがありまして、こういう、わたしの感情的な文章を、そう感じ取る人もいるのかもしれないな、と思いました。

でも、いまのありのままのわたしの真実の言葉なので、仕方がないと思います。

いつか、もっと、ドライにサラッと、書けるだけの、度量の大きな人間になりましたら、そのときは、そう書くのでしょう。

私の人生は、一瞬、一瞬が、ベストを尽くしている結果なのです。


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2015.6.3

地球が大きく動いています。

地震や、火山が相次ぎ、地球の閉ざされていたものが動き、訴えかけています。

4月のネパールの大地震が起こった時、すぐさま「私が行かなければ」と思いました。

神界からも、ご指名を受けています。

シャーマンの叡智とともに、わたしが肉体を持ってネパールに行くことで、それが地球の波動をあげることに繋がります。



人々に、わたしのこの突拍子もない言動を、信じてもらえるのか、否か・・・・・実はまだ、私の中で小さな恐れがあるので、自分のこの宇宙のお仕事に関してのことを、さらけだすことに躊躇がある、というのが本音です。

わたしもまだまだ、人間的な小ささがあるので、葛藤もします。

そんなわけで、なかなか、感じていることが言語におりてこなくて、うまく伝えることが難しく、この記事も、なんて表現力が乏しいのでしょう! すみません。

書いていて、うまく言語化できない自分にがっかりですが・・・・・。



しかし、伝えたいんです。

わたしとお会いしたことのあるかたは、わたしが真剣であり、誠実に地球の平和を願っていることをよくご存じだと思います。

わたしは真剣なのです。

観光や自分の利益のためではなく、純粋に、平和のためにネパールにお祈りに行きたいのです。

強く強く、それはもう、とても強く、それを望んでいるのです。

なぜならば、わたしは真剣に、世界の平和を願い、それに生きているからなのです。




どうか、わたしをネパールに行かせていただけませんか?

私事で恐縮なのですが・・・・

わたしは、昨年4〜6月ネパール、インド、10〜11月シャスタ、今年1〜2月のグアテマラ、3〜4月のミャンマーなど、ボランティアでのお仕事が続き、出費は大きいのですが、利益につながる仕事をだいぶしておりませんでしたので、正直に言いますと、ネパールに行くのが資金的に難しいというのが現状です。 

お恥ずかしながら・・・・・・。

ですので、「どうにかならないものか・・・・」、と、ネパール震災から、もう一か月以上悩み、すでに6月になってしまいました。

地震は、日本でもあちこちで起こり、火山も活発になってきています。

急がなければ・・・・・地球のために・・・・。

神界からも急かされています。

もちろん、わたしは日本でも、祈り続けていますし、肉体は行かずとも意識は常に地球のあちらこちらにいます。

日常の普段の生活をしながらでも、地球の安泰を、どんな瞬間もお祈りしています。



でも、やはり

わたしは、いま、肉体を持って、ネパールに行って祈りたい。 そうするべきだと感じるのです。

被害者へ、被災地へ、国土へ、地球へ、人々へ、これからの未来の地球へ、祈りたい。

もしも、皆さんの中で

「わたしもボランティアに行きたい気持ちなのだが、仕事や家庭の都合で行くことができないの!」

というかたがいらっしゃいましたら、わたしにご寄付をしていただけないでしょうか?

わたしが、あなたの代わりに、ボランティア、祈り、ライトワーク、に行ってまいります。

そして、あなたの想いも一緒に連れて、お祈りを捧げ、現地のあちこちで、祈りの舞を捧げてきます。

もしかすると、現地から、一斉ワークを行うことができるかもしれません。

日本から、一緒に意識を合わせていただけるかたがいらっしゃいますと、わたしはひとりで現地にいても、安全なのだと感じます。

厚かましいお願いではございますが、あなたの行きたいけれど行けれないお気持ちをお預かりして、わたしがあなたの代わりに行ってまいりますので、ご支援をいただけないでしょうか。

メールやHPから直接ご連絡いただきますか、または、この記事のコメント欄をご活用ください(非表示にしてあります)



それから、

一緒にネパールに行ってくださるかた、いらっしゃいますか?

期間は、6/24〜7/1 です。 途中合流、途中解散でも可。

条件:
・わたしと親しく信頼関係がすでにあるかた
・現地では一切観光をしませんので、祈りとボランティア活動に専念できるかた。それを喜びと感じられるかた
・航空券の手配などご自身ですべてできるかた
・現地でのリスクをご自分で対処できるかた
・心身ともに健康なかた
・わたしへのなんらかの期待がなく純粋に地球のために働けるかた
・直感ですべて動きますので、かなり振り回されるかもしれませんが柔軟に対応できるかた
・まったくノープランで行きますのである程度、こだわりがないかた


高次の意識で感じていることが、うまく三次元である言語におりてこなくて、我ながら、へたくそな文章でがっかりですが、どうか、気持ちが伝わりますように。

人間である私は弱さも持ってるので、この記事を書くことに、とてもとても勇気を出しています。

読んでくださってありがとうございました。


2015年6月 満月
天空の森ヒーリングスペースにて。

合掌



「ご縁について」



※いつも、ヒーリングワークの個人セッションなどでお話しさせていただいています、わたしなりの日々のテクニックを、ブログでも少しだけ紹介させていただこうかな、と思います。
人それぞれだと思いますので、ご自分らしい生き方のご参考になさってください。もしよろしければ。※




わたしの過去の経験をもとに、学んだ智慧をシェアさせていただきますね。



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「ご縁に感謝します」とか、「ご縁があればお願いします」とか、

「ご縁」という言葉をよく聞きます。

ご縁を大切にすると、確かに、人生はうまく行きますよね。

そうなんです、大切にしてくださいね。

人生がうまくいくんです。



ご縁を大切にするって、どういうことかというと、

わたしはやはり「そのご縁を信じること」なのだと思うのです。

なにか、ご縁があり、よい状況を与えられたとしても

「いや、もっとよいものがあるのかもしれない、もっと、条件の良いものが・・・」と、思うことは、そのご縁を疑うことだと思うのですね。

まずですね、ご縁というのは、自分が引き寄せているのですね。

ということは、そのご縁を疑うということは、自分を信じていないということに繋がるのですね。

そういうかたは、結局、どんなご縁も成就しにくいです。



例えて言えば・・・・・

素敵な女性に巡り合えたのだけれど、もっとよい女性が現れるかもしれない・・・・・

もっと、自分にぴったりの人がいるかもしれない・・・・と、そのご縁を疑ってしまって、

結局、どんなご縁も信じることができず、結ばれなくなってしまうというパターン。



この例の「女性」というところを、「仕事」とか「品物」とかに置き換えても同じですよね。

仕事なんて、よくあるんじゃないかしら。

もっと、条件の良いところ・・・・・と思っちゃうこと。



たとえば、なにか「品物」だとしても、多少値段が高くても、それが確実にご縁のあったものだと感じたら、迷わず購入するべきです。

いや、もっと、安くて同じようなものがあるはずだ、と他にばかり目を向けていれば、

自分の魂が引き寄せたそのご縁を、逃がしてしまいます。


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それから、「ご縁」って、よいご縁だけじゃないんですよ。

自分にとって、ネガティブに感じることもご縁なのです。

人生は、良いも、悪いも、すべてご縁なのです。

一見、最悪!と思うことでも、それはご縁があってのことであり、それが、魂の学びに必要だから起こっていることなのです。



たとえば人間関係・・・・・・。

仲の良いかた、気の合うかた、好きなかた、などなど、それを「ご縁がある」と皆さんは呼びますが、

でも反対にね、

例えば、嫌いな人、苦手な人、いじめっこ、なども実は、「ご縁がある人」なんです。

人生は善いも悪いもなく、すべては自分の魂が引き寄せていますから、

大嫌いな人がいたとしても、それは、その人とあなたの関係性から学ぶべきことがあるから、その人はそこに(あなたの近くに)存在して、あなたをイライラさせているんですね。

その人との関係性からの学びを、学びきってしまえば、その人は目の前から自然にいなくなるか、または、大嫌いと思わなくなる、または、もう全然気にならなくなる・・・ = 学びきることで関係性が変わる、 のですね。

ですから、その一見、ネガティブに感じる出会いも、魂にとっては「ご縁」なのですね。

だとしたら、ぜひとも、早く学んで、早くその苦しい関係性からの学びを、学びきって、楽になりたいですよね。

ですので、人生で起こるすべてのこと、すべての出会いからの、「学び」を深めましょう。

魂の学びを深め、霊性を磨きましょう。

(新サイキックプロテクションの伝授をご受講になりますと、そのスピードが速くなります。だから、わたし、オススメしているのです。 ちょろっと宣伝でした)



そんなふうに、前向きに人生に向き合っていると、

不必要な出会いや出来事なんて、ひとつもないのです。

誰かに傷つけられたり、なにかに苦しめられているというときは、

そこから、何を学んでいるのか、そして、早く学びきるにはなにを手放したらいいのか(大抵、手放すべき執着とエゴがあります)

そこに目を向けると、自然と問題は、結果的に解決の方向へと向きます。

魂のままに生きていても、もちろん、人間として生きている限りは学びですので、問題が起こります。

でも、自分の覚醒が進むにつれ、その解決の方向へと向かう速度が、とても速くなります。

ですので、学びきる速度が速くなる、ということです。

すると、この人生での学びが、格段に多くなるのですね。



ぜひ、良いも、悪いも、ご縁を大切にして、

霊性を磨いていってください。

なんだか、語ってしまいましたね。



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posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | スピリチュアルメッセージのシェア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月23日

平和とは・・・


夏至という大きな変化の時である昨日、

国会議事堂前にて、平和のためのご祈念に行ってまいりました。

ご縁のあります修行僧の方々が10日間のご祈念をされていらっしゃいましたので、一日だけではありますが、参加させていただきました。

こちらの僧侶は、命をかけて、人生をかけて平和を祈り、ご修行されてらっしゃる尊いかたがたです。

(新興宗教ではなく、きちんと仏門に御出家された方々です)


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わたしはこれまで、「平和ご祈念」には参加しても、「反対集会」には参加しませんでした。

なぜなら、平和とは、怒りや暴力の中では生れないからであり、

暴力的行為に対して、暴力的な言葉や態度で応戦しても、なんの解決にもならないと感じていたからでした。

しかし、

いま、日本は、とても大切な時期にいると、本当に思うのです。

70年前に誓いを立てて、戦争をしない国だった日本は、その昔の誓いを破り、戦争へと意識が向き始めています。

日本人として、他人事ではないと思うのです。




お昼と夕方には「集会」が開かれ、そこで、演説をされる方々います。

演説には、政治家の方々や、多方面で活躍されてらっしゃる方々が、熱弁をふるってらっしゃいました。


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わたしは、どうしても、この「怒り」のエネルギーには、同調することができません。

「戦争反対! 今すぐ廃案!」など、みなさん、シュプレヒコールを叫んでいましたが、

皆さんの怒声の中、わたしは、本当に嫌で、ひとり、目を閉じ、手を合わせて、静かに祈っていました。



今回、国会議事堂前に行ってご祈念させていただくことで、少なからず葛藤がありました。

ものすごい「怒り」のエネルギーの渦の中に、自ら飛び込んでいくのですから、

「怒り」からくるものではない、わたしの思う「祈り」を行おうとする私としましては、

大変おおきなエネルギーと、強い意志が必要でした。




写真だけで見ますと、とてもものものしい印象があるのだと思います。

その点も、「ひとにどう思われるか・・・・」という、自分のイメージを気にした恐れも少しだけありました。

でも、わたしは、わたしです。

わたしの「祈り」を、どんな場所にいても、することができます。

この記事を読んでも、いろいろなことを思う方がいるのだと思います。

みな、それぞれの観点で、それぞれの判断やジャッジをして理解して下さるのでしょうね。




現地では、ただただ、祈らせていただきました。

そして、日本に癒しを送りました。

この国会議事堂のある土地への癒し、

ここに集う怒りを持った人々への癒し、

議員さんの方々への癒し、

そして、私自身への癒し。

日本人として、ご縁があって日本に生まれてきました。

わたしは、海外に行くご縁が多く、海外目線からの日本というポジションも知り、幸いにも、広い視野で日本という国を見ることができます。

だからこそできる、意識の向け方があります。


国会前1.jpg



僧侶の方々と一緒に祈りのマントラを唱えて、太鼓を叩いていますと、

本当に、宇宙に届けられているのがわかります。

「言葉」は、怒りや、恐れや、悲しみや、エゴがどうしても混ざってしまいますが、

「マントラ」は、その一切が含まれず、純粋に宇宙へと響いて行きます。

私たちの祈りが、どうぞ、宇宙へと届けられますように。

すべての最善を、どうか、お祈りいたします。

「怒り」ではなく「祈り」を届けるために、行ってまいりました。

本当に、善き学びでした。




ものすごい、高次元的エネルギーを使ったことと、あの土地にいる、あれこれとの対峙から、

かなり肉体的にもダメージを受けたようで、帰り道、新宿で力尽き、ひとり、動けなくなってしまいました。

なんとかかんとか、山梨の自宅に戻ってきましたら、徐々に、身体も心も動けるようになってきました。

丁度、夏至の太陽が沈むところでした。


2015.6.22夏至夕陽2.jpg


愛する、わが、天空の森からの夕陽。

わたしは、遠い遠い、古代には「太陽神」として存在をしていました。

いま、この現在に生きている、わたしという「個」を、

愛しい気持ちで、噛みしめながら、味わっています。

ますます、宇宙のお仕事が忙しくなってきます。

がんばれ、わたし。

合掌













posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 癒し〜ヒーリング〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月21日

土地の浄化の一斉ワーク感想


感想をお寄せ下さいました方々には無償でのヒーリングをお送りさせていただきます。

ご本人の許可を得て、掲載させていただきます。

ありがとうございました。

**************


先日は、家族丸ごと一斉ワークありがとうございました。



今の土地に住んでから、ずっと嫌な感じがあったり、

家族が混沌とし、ずっとやだな〜〜〜と思っていましたが・・


当日、家族も、ご機嫌よく、

家の中も、植物が邪気を吸ってくれるので

枯れてしまうことが多かったのですが

植物も急に元気になって芽がにょきにょき^^

家の中のどんよりも、少しマシになりました〜



いままであまり、意識を向けないようにしていましたが

土地のエネルギーが癒されることが

こんなに大事だったということに、あらためて気がつかせていただきました。



posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 06:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 皆様からの感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月19日

(思い出)雪の日の15歳の少女



自分のこれまでの人生のことについても、たまに、書いていきます。



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15歳のころ。

人生で、一番最初のわたしの、生きづらさを感じていた時期です。

中学3年生で転校をしました。

「ユキ、学校変わってもいい? 大丈夫?」

と、母に聞かれて、

「新しい学校、楽しそう。新しい自分になれそう」

と、答えました。

母は離婚したあと、新しい旦那さんと一緒に暮らしていて、そこにわたしも引き取られました。

本当は、転校なんてしたくなかったけれど、とにかく、やっと、母と暮らすことができて、ずっと一緒にいたかったので、強がりを言いました。

わたしは、「ごく自然に見えるように強がりを言う」という技術を、思春期の頃から、身につけていました。



新しい学校に通い始めて、わたしは、どんどん、自分を見失って行きました。

家出もしたし、たくさんの悪いことばかりをして、母を泣かせました。

母を困らせるのは嫌なのだけれど、でも、困らせることばかりをしてしまって、どうしたらいいのか、わかりませんでした。

生きているのが、苦しくて、なんのために生きるのか、わからなくなっていました。

食べることに興味が無くなり、2週間で10キロくらい体重が落ち、体力も落ち、

立ちあがることができなくなったときは「やばい、死ぬかもしれない」と、やっと気付いて、立ちあがれないので、這って台所まで行き、冷蔵庫をやっとの思いで開けて、這っていても手が届くものを取って、無理矢理、食べたことを思い出します。

母も、義父も、朝から深夜まで仕事をしていましたので、わたしは大抵、ひとりでアパートにいました。

学校に行く意味もわからず、いつも、朝、登校に家を出るのですが、母が仕事に出かけたあとに、こっそり、家に戻ってひきこもっていることもありました。



ある日の冬。

学校の授業が終わって、帰宅をしようとしましたら、雪が降っていました。

結構、大きな雪が降っていて、これは、積りそうだな、というほど。

傘を持っていなかった私は、そのまま歩きだし、雪に降られながら歩きました。

その頃は、「もう、どうにでもなれ」という気持ちで生きていましたから、雪に降られるくらいどうということでもないです。

制服が乾かなかったら、明日は学校に行かなければいいや。 と思っていたくらい。

わたしは、別段、急ぐわけでもなく、ゆっくりと、下を向いて、雪が降り始めたアスファルトを見つめながら歩いていました。

頭の上や、両肩には、雪が降り積もっていましたが、気にしませんでした。



突然、メガネをかけた天然パーマの男子が、私の前に立ちました。

男子は、いま自分がさしている傘をわたしに、「はい」と差し出しています。

「女の子が雪に降られたら、だめだよ」

男子は、わたしに傘を押しつけて、

「僕は、同じ中学の2年○組だから、傘は明日返してくれればいいから」

そういって、スタスタ、私を追い抜いて歩いて行ってしまいました。

生きる気力を失っているわたしは、驚きで何も声が出ず、しばらく、ぼんやりと立ち止って、渡されるがままに傘をさしていましたが、

少しずつ、その男子の思いやりが嬉しくて、傘を大事に両手で持って、ゆっくりと歩きました。

こんな私にも、優しくしてくれる人がいるんだ、わたしは生きていてもいいんだ・・・・・、そんな温かい気持ちが少しずつ心に沁みてきて、それを味わいながら、足元の、中学用シューズを見つめながら、雪道を歩きました。



翌日、

その男子の2年○組に行きました。

ひとりだと、はずかしかったので、友人を誘いました。

その友人というのが、あまり真面目な子ではなかったので、わたしはさんざん茶化されていて、

その男子に傘を返す時には、茶化されて恥ずかしかったので素直な自分でいられずに

「ありがとねー、きっと、いい男になるよー」

なんて、上級生っぽく、上から目線で言ってしまいました。

その男子は、微妙な顔をして、傘を受け取るとすぐに教室に入ってしまいました。



わたしは、素直になれなかった自分を激しく後悔しました。

どうして、「とてもありがたくて、感動したんです」って伝えられなかったんだろう。

一緒に、友達がいたから、強がって見せてしまったんだな、と思いました。

あのときの、男子は、名前も知らないけれど、なんて素敵な優しい子だったんだろう。

傷つけてしまったのかな、わたしがあんな言い方をしたから。

いまでも、遅くないかな。

お礼を言いたいな。

「あのときは、どうもありがとう。 子供すぎてきちんと伝えられなくてごめんね。 あなたの優しさに、わたしは生きていてもいいんだ、って思いました。 本当に、どうもありがとう」




少女のころの私を思い出すと、いまでも、胸が苦しくなる思い出が、たくさんです。




















posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | わたしについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月18日

(終了報告)「土地の癒し・プロテクション シャーマンヒーリング」



6/16 新月の一斉ワーク 夏至に向けて

シャーマンの叡智のヒーリング


「土地の癒し・プロテクション シャーマンヒーリング」




バリ26



2015.6.18

たくさんの方々のご参加ありがとうございました。

当日は、早朝の爽やかな鳥の声と共に、コラボしてくださった僧侶のかたの鐘の音から始まりました。

鐘は空気を振動させて、浄化へと広がっていきました。

僧侶に御供養と浄化のお経を読んでいただいているときに、有料でご参加くださいましたかたがたへ、お一人お一人、フォーカスして私からのワークをさせていただきました。

ドラゴンプロテクションを行いますと、その土地ごとにお一人ずつ違うプロテクションとなり、夏至までの期間、皆様をサポートします。

無料でのご参加の方々にも、無償でできます限りでのシャーマンヒーリングと土地の癒しをおこなわせていただ、僧侶からのご供養もしていただきました。

素晴らしい経験となりました。

ありがとうございました。

感想をくださいましたかたには、無償でのヒーリングをお送りしております。(お返事ができなくて申し訳ありません)

なんだか、不安定だな、、、というときは、フォローセッションをお受けいただきますと安定されると思いますので、ご相談くださいませ。

心からの感謝を込めまして。

合掌

ラクシュミナラヤニ ユキ








****************

2015.6.12

この度の一斉ワーク主催側に、僧侶の方もコラボしていただくことになりました。

ご参加の皆さま全員に、僧侶の方からお経と浄化の儀式も、ともにしていただきます。

参加費は変わらず、しかし、ワークは深まるという、ラッキーなチャンスです。

無料でのご参加の方にはおひとりずつのチャネリングはできませんが、無償でできる範囲でのワークを行わせていただきます。

有料でご参加の方には、おひとりおひとりチャネリングさせていただきましてシャーマンワークをし、さらに、おひとりずつ、その方へと、お住まいの土地への癒しと浄化を僧侶の方からも行っていただきます。

なかなか、このダブルワークはレアですので、どうぞ、この機会にご参加くださいませ。




*************************







シャーマンの叡智を使い、土地の癒し・ドラゴンプロテクションを行います。

「太陽が生まれた日」とも言われている夏至が近づき、エネルギーの周波数が徐々にチューニングされて行きますこの時期に合わせ、地球への癒しを行います。

地球の呼吸のターニングポイントである夏至は、これからの変容を促すときでもあり、愛や癒しを受け取りやすいときでもあると感じます。

このタイミングで、様々なこだわり・囚われ・凝り固まったシステム・使い古されたサイクルを手放していくことで、この先の新しいご自身を構築していきます。

今回の一斉ワークは、有料でのお申し込みの方々へ、おひとりおひとり、フォーカスをさせていただきまして、あなた個人へのシャーマンヒーリングに加え、あなたのお住まいの土地の癒しを行い、その土地の波動を高め、ドラゴンプロテクションを行わせていただきます。

無料でのお申し込みのかたがたへは、個々にフォーカスすることはできませんが、無償でできます範囲での癒しをお届けいたしますのでお気軽にどうぞ。

土地の癒しは、陽のエネルギーがピークとなります夏至に向けて、いただきましたお住まいのご住所へ、癒しと調整を行わせていただきます。

その土地の因縁によっては、一度では完全には癒されないことがあり、今回は、癒しが受け取れる範囲でのワークを行わせていただくものとなります。

ワーク終了後も、やはり気になる方は、何度かお受けいただきますことをお勧めいたしますので、ご相談ください。

ドラゴンプロテクションでは、6/22の夏至までの期間、あなたへの魂の覚醒を促すため、お住まいの土地に必要なエネルギーサンクチュアリを作るものです。

(6/22夏至を過ぎますと、そのプロテクションは自動的に終了されます)






この一斉ワークは、どなたでもご参加になれます。

また、無料ワークは、近いご親族のお申込みを代理でお受付いたします。
(両親、祖父母、兄弟姉妹、子供、子供の配偶者、孫、配偶者、配偶者の両親、配偶者の兄弟姉妹 まで)

無料バージョンは、そのご親族のかたへの許可がなくてもお申込みが可能です。

おひとりずつのヒーリングも含まれていますので、同じ住所にお住まいのご家族を申し込みになられる際も、それぞれ、おひとりずつお申し込みくださいませ。

完全に遠隔で行われますので、時間を合わせてなにかする、ということはありませんので、お気軽にどなたでもお申込くださいませ。


※医師から精神疾患と診断されているかたはご相談ください。




このシャーマンヒーリングの一斉ワークは、わたしのワクワク!が続いているうちは、シリーズで続けていきたいと思っておりますが、

世界の動き、地球の状態、宇宙のリズムを感じながら行っていきますので、日程をあらかじめ決めるということが難しく、

宇宙からメッセージがおりてきて、「いまだ!」というタイミングで、突然、告知をしたりするかもしれません。

こまめにブログなどをチェックしてみてくださいね。



どうぞ、ご縁のあるかたがたのお役に立てますように。

合掌

ラクシュミナラヤニ ユキ





≪ワーク参加費≫

@お気軽に参加したい方は 無料ワーク

Aしっかり受け取りたいかたは 有料4000円ワーク



≪ワーク実施日時≫

◎無料でのご参加のかた
2015.6.16 朝 ワーク実施 


◎有料4000円でのご参加のかた
2015.6.15 準備ワーク1日 (終日ヒーリングを送らせていただきます)
2015.6.16 朝  ワーク実施 
     午後 グラウンディングサポート 





≪ワークの効果≫
そのかたへのシャーマンヒーリング、土地の癒しにつきましては必要な癒しがワーク実施時に届けられ、人により持続していきます。
ドラゴンプロテクションのみにつきましては、6/22夏至までの期間となります。

有料ワークの方は、お振込後からなにかしらヒーリングによる変化を感じられるかたもいらっしゃいます。

効果には個人差があります。
すぐに現状の変化があるかたもいれば、ゆっくりと状況が変化していかれるかたもいます。
確実に魂の目線から見て(エゴではなくて)よい方向へと向きます。



≪ワークの受けとり方法≫

当日は普段通りの生活をお過ごしください。
お時間がありましたら、たまに、私に意識を向けてみてくださいませ。
お好みで、瞑想など静かに意識を受けてみてもよいと思います。




≪お申し込み方法≫

◎必要事項  氏名、生年月日、ご住所(番地もすべて)、メールアドレス(有料参加のかた)、メッセージ、


この記事のコメント欄に必要事項を記入。(非公開に設定してあります)
または、HPの「一斉ワークお申込みフォーム」よりご連絡 → http://yukismyogaism.jimdo.com/
または、直接メールしてください。
(恐れ入りますが口頭でのお申し込みは受け付けができません)


必ず、必要事項をご記入ください。
ご記入がない場合は、きちんとしたチャネリングができないことがあります。

※代理でご親族のお申込みをされます方は、申込者おひとりずつ全員の必要事項をご記入ください。

無料でお申し込みの方には、こちらからのご案内や返信は ございませんが、確実に当日ワークを執り行わせていただいております。


≪お支払方法≫

有料ワークをご希望の方は、後日、事務局よりお支払方法をご連絡させていただきます。

 一斉ワーク専用yahooメールからのご連絡となります。

1日たっても連絡がこない場合は、受信できる設定かどうかご確認くださいまして、再度ご連絡下さい。

または、お申し込み時にご記入いただきましたメールアドレスが正しいかどうかご確認くださいまして、再度ご連絡下さい。



≪お申し込み締切≫

◎無料でのご参加のかた
2015.6.15 19:00までにお申込み


◎有料でのご参加のかた
(前日の準備ワークがありますので)
2015.6.14 19:00までにお申込み・お支払い(銀行振込、paypalクレジットカード払い、手渡し)

ネットバンキングからのお振り込みも可能です。着金に関係なくお振り込みなさったアクションにて霊的契約が成立されます。

お支払い完了後に霊的契約が成されますので、人によってはお支払いの時から変化が感じられるかたもいらっしゃいます。



≪フォローセッション≫
一斉ワーク終了後に、フォローサポートが必要とお感じになる方は

・完全遠隔シャーマンヒーリング 1回 3000円
・陰陽師の舞のワーク 除霊・浄霊 15000円

をお勧めいたします。



★ご注意
ご質問などは、別途、コンサルテーション、またはヒーリングカウンセリングをお受けください。
いただきましたメッセージにはお返事ができなくて申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、きちんとすべて拝読させていただきまして、お返事が書けません代わりに、読ませていただきました時に、ヒーリングを送らせていただいております。



≪感想≫
ワークの感想をくださいましたかたには、読ませていただきましたときに、ヒーリングを送らせていただいております。
ぜひ、よろしくお願いいたします。




**********


いただきました個人情報は、守秘義務を厳守させていただきます。ご希望でしたら、受け取った後、メールを削除させていただきますので、その旨お知らせくださいませ。

なお、恐れ入りますが、この一斉ヒーリングについての質問などは、メールや直接、どちらも受け付けておりません。

個人的な問題についてのご相談は、別途、ヒーリングカウンセリングなど、をお受けいただくことをお勧めします。

この愛の遠隔エネルギーワークは、あなたの体調を悪くさせたり、悪い出来事を起こしたりするものではありません。

あなたの魂にとって、なにか悪い変化が起こることはありません。

また、心を開いていただくと、より受け取りやすくなります。

100%の善意と、愛をこめて、行わせていただきます。


※ご質問メールへの返信はできませんが、当日はきちんと高次元ワークをさせていただいていますので、どうぞ楽しんでお受け取りくださいね。




posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 15:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 一斉エネルギーワーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月17日

「祈ることについて」



※いつも、ヒーリングワークの個人セッションなどでお話しさせていただいています、わたしなりの日々のテクニックを、ブログでも少しだけ紹介させていただこうかな、と思います。
人それぞれだと思いますので、ご自分らしい生き方のご参考になさってください。もしよろしければ。※




わたしの過去の経験をもとに、学んだ智慧をシェアさせていただきますね。



******************




わたしが言う「祈り」とは。

それは、「感謝」と「愛」です。



海外の国々に比べて、宗教性が薄い日本では、「祈る」ということにあまり縁がないかたも多いのだと思います。

あなたは、どんなときに祈りますか?

もしかしたら、なにか神様にお願いするときに祈るのではないでしょうか?

「合格しますように」 「あの人が無事帰ってきますように」  「病気が治りますように」  「○○が成功しますように」 「失くしたものを取り戻せますように」などなど。

困ったときの神頼み、ですね。

そして、こういったお願いの祈りをした後、もしも、その願いが成就されなかったときには、

「神様は不公平だ」  「神仏を信じてたのに裏切られた」  「わたしの声は聞いてくれない」  「神なんかいない、無駄だ」

と、思ってしまうのではないでしょうか?



わたしの行う「祈り」とは、

天に・・・・、大地に・・・・、森羅万象に・・・・、この世界に・・・・、自分自身に・・・・、

感謝と喜びを表現することです。

父なる天に、母なる地球に、限りない愛を与えてくれる感謝と、その喜びを全身全霊で伝えます。

それが、祈りとなります。

祈ることを魂の喜びとし、その喜びに天からの祝福がおり、そして、真なる意味での願いが叶えられていくと、

現実社会の三次元的なことの、すべてが、なるべきように、なっていきます。



ヨーガでは「太陽礼拝」というアーサナがあります。

これは、流れるような動作と呼吸の一連のルーティンです。

「太陽礼拝」という名前の通り、「太陽」に「礼拝」をするアーサナです。

わたしが太陽礼拝を行う時、わたしは、森羅万象と周波数を合わせて「礼拝」をするつもりで行います。

「どうぞ、わたしの肉体をお使いください」

という気持ちで太陽礼拝をします。

それは、世界中の苦しむ人々、困難な中にいる人々、人生を生き悩む人々に、

わたしの肉体を使った礼拝を通して、太陽的な光と、温もりと、愛が届きますように、という想いをこめた礼拝です。



こんなふうに視点を置けば、日常のすべての行動が、「礼拝」になります。

お掃除ひとつでも、そうなのです。

世界中が浄められますように、という想いで行えば、自宅のお掃除も世界に対する「礼拝」となります。


***********************



たとえば、なにか困った問題が起こった時。

わたしが起こった問題について・・・・・・または誰かの問題についてお祈りをする時は・・・・・・・

いつでも必ず、「最善」をお祈りします。

「どうか、こうなってください」と、お願いするのではなく

「どうか、宇宙の目線から見て、魂のレベルから、すべてが最善でありますように」、と信じることです。



その「最善」は、頭で考えて判断することや、過去からの自分の経験や、誰かの経験をもとに考えてしまっている「こうなってほしいな」と思うことではないのです。

誰かのエゴや、わたしのエゴが願うことではなくて、

宇宙の中のひとつとして見たときに、魂のレベルからの「最善」であり、

「こうなってほしい」という、自己の願いではありません。



なぜならば、人生の問題と思われる出来事は、すべてが私たちにとって必要なことであり、魂の学びですから、その学びを学びきれば、その問題は終了します。

ですので、魂にとって、その問題は必要があってやってきているということ。

だとしたら、できるだけ苦しみ過ぎず、傷を負いすぎず、最善の方法で学びが深まり、魂が進化し、問題を終了できますように、と祈ります。

その「学び」がつつがなく、最善で終了するように、自分を、または、誰かを、そして、この神聖なる人生を、とことん信じきること。



「祈る」とは、そういうことだ思っています。

私は人間ですので、エゴがあり、情があり、ジャッジメント(裁くこと)がありますが、

すべての最善は、そのエゴや情や、私の価値観での善い、悪いの判断のレベルではない!ところにあります。



人生は、なるようにしか、なりません。

どんなにあがいても、こうなって欲しい!と喚いても、

結局は、なるようにしか、なりません。





頭で考える「善いと思うこと」というのは、たいていが、エゴと執着です。

エゴと執着からの願いは、さらに、エゴと執着を増幅させます。

一見、「こちらのほうが幸せだし、よいだろう」と思われることも、実は、魂レベルから見るとそうではないこともあります。

宇宙の中の自分であるところの、魂の学びの目線で見た、最善・最高をお祈りしましょう。

それは、あなたがこの世界に、肉体を持ち、生を持ち、魂の学びである人生を生きているということを、

感謝とともに、喜びともに、表現して生きていることであり、

なるようになるであろう、自分の人生をとことん信じていることです。




ぜひ、日々、祈りを取り入れて、あなたの最善で最高の人生を送ってください。

「祈りかたがわからない」と言われるかたがいました。

どうぞ、ご参考になさってくださいませ。

合掌




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posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | スピリチュアルメッセージのシェア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月16日

「石中の火 木中の花」


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石の中には火はないけれど、打てば火花が出る。

木の中には花はないけれど、春には芽が出て花が咲き、緑の葉も茂る。

人間にも、見た目では想像もつかない未知なる可能性が秘められている。


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だから、自分を信じてください。

恐れなく、進んでください。

あなたは、唯一無二のかけがえのない光なのです。

あなただけがもつ花を咲かせてください。


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posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 09:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の感謝☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月15日

気づいたこと(高速で移動する負担&現状から最善を見つける)



わたしは、人にプレゼントをするのが好きです。

それは、わたしが心地よいから、そうしています。

好かれたいとか、気を使ってとか、義務感でとか、そういう窮屈な感じではなくて、そうすることで私も満たされるのでそうしています。




どなたかのお宅や仕事場にお邪魔する時は、必ず、なにかちょこっと、負担にならない物(高価でない物)を手土産に持っていきます。

わたしは、そのかたが喜ぶものを差し上げたいので、当たり障りのない菓子折りとか、饅頭とか、あまり選びません。

お金はかかっていなくても、「きゃ〜!」ってトキメクものを、できたら差し上げたいです。

または、すごく実用的で、あると助かるわ〜、というもの。

または、自分では絶対買わないけど、もらったらちょっと嬉しいかも、というもの。

または、ちょっとコミカルで、「ぷっ」と微笑んじゃうような、こころほんわかもの。



最近は、夏に向かって、我が天空の森のまわりにはお花がたくさん咲いているので、

ペットボトルにお花を挿して、車で訪問先まで持っていくことが多いです。

きちんと、

「おはよー!ご機嫌いかがかな? ○○さんのお宅に行きたいかな? 切って行くけどいいかな?」

と、お花に聞いて、「いいよー、いくいくー!」と嬉しそうなお花だけを切ってきます。



お花をもらって、嬉しくない人は誰もいないですね。

お花って、すごいヒーラーさんですよね。




そのお花、車で運ぶとね、

どんどん、しんなり、元気が無くなってしまうのです。

もう、運転しながら、気が気じゃないですよ、わたしは。

病気の家族を病院に連れていくときのような心境で、焦る、焦る(笑)



我が家に持ってきて花瓶に挿してあげるときは、ぜ〜んぜん、しんなりしないし、むしろ、より生き生きして数日、元気いっぱいなのですけどね、

車に乗ると、この運転の振動でだめなのかなぁ〜?、とか、

ペットボトルの口が窮屈だから、苦しいのかなぁ〜?、と思って、口の広いコップで運んでみたのですが、やっぱり、みるみる、15分くらいで萎れてきてしまうのです。

「かわいそうに〜〜〜〜〜、がんばれーー!!もう少しだーーー!」

と、お花を励まし、元気づけながら、運転して、訪問先まで車を飛ばします。

そして、訪問先で花瓶に入れ替えてあげると、元気のなかったお花たちは、少しずつ元気を取り戻して行きます。




これは、原因は

「移動」ですね。

確かに、

車という金属の塊は、地球の自然の中で、不自然極まりないですし、

植物という地に根を張って生きている存在にとって、40〜60kmの速度で1時間も移動するって、あり得ないですもんね。

植物には、「移動する」という概念が、プログラミングされていないんですよね。

だから、細胞レベルで、非常に疲れてしまうんでしょうね。



ふむ。

すると、人間だってそうですよね。

もともと、できる才能が、私たちの自然な才能ですから、人間は、肉体のみだとしたら、歩く、走る、しか移動手段がないわけですね。

それが、わたしたち人間の身体にもともとプログラミングされている情報ですから、それを、高速で移動する、というのは、肉体にとっては不自然なものなのでしょうね。

だから、移動すると疲れますね。

車や飛行機の電磁波でも疲れますが、それ以前に、シンプルに「移動」で疲れちゃいます。

その移動のスピードが早ければ早いほど・・・・・イコール・・・・・歩く・走るという速度よりもかけ離れれば離れるほど、

より、肉体に負担をかけているんでしょうね。

車で運ぶと、お花がみるみる、萎れて行くように、身体も見えないレベルで、萎れて行くんでしょうね。

リニアとか・・・・・・怖いですね。 (わたしは乗らないぞ)



そういう私も、週に1〜2回は東京でお仕事がありますので、山梨から移動していますが、できるだけ、特急は使わずに、各駅停車の電車で行きます。

山梨県内は、車がないと何処にも行けれませんから、あちこち、毎日、車で移動してます。

お花は純粋なので、すぐに反応が出ますが、人間は大人になって、ある意味、純粋ではなくなっていく?(ちょっと違うかも?)ので、肉体に負担をかけていることに気づかないのでしょうね。



とはいえ、スーパーに行かないと買い物できないし、仕事に行くにも車に乗って移動しないと生きて行けれません!

では、どうするか!

まず、肉体に負担をかけている事実を知ること。

そして、それを知っているからこそできるケアをすること。

だなぁ〜、と思います。

現代社会のシステムを否定しても変えることはできないので、そこではなくて、

問題に気が付いたならば、そのうえで、どう最善を尽くすか。



そう考えると、すべてのあらゆる問題に対して、置き換えることができます。

状況を変えることはできないから、それを否定せずに、その状況の中で最善を探す。

すごく、ポジティブです。



今日のメモでした。

お花さん、ありがとう★



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posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 内なる豊かさへのシェア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月13日

今日のお言葉(家庭)


 ダルマ(社会的、宗教的義務)、
 
 アルタ(実利)、カーマ(愛欲)、

 モクシャ(解脱)

 という四つの目標を意識しながら、

 たとえ多くの財産があろうとも

 それをおごらず、

 日にいくらかを他者への奉仕にあて、

 よその家に対して悪巧みを抱かず、

 妻の信頼を得、信頼のおける妻を持ち、

 互いに理解し合い、

 心底相手を信じること。

 このようにして家庭は作られます。



           ― サティヤ サイ ババ


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posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ハートに共鳴する「お言葉集」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月12日

今日のお言葉(シンプル)


人は、とてもシンプルに人生を始め、

次第に複雑なものにしていくが、

悟りを得ると、

しまいにはシンプルな場所に戻る。

人間の知性とはそんなものだ。


ヴォルテール

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2015年06月11日

映画「ダライ・ラマ14世」


映画「ダライ・ラマ14世」


このおかたは本物です。

ぜひ、見に行ってください。すべての日本のかたへ。

みるべきですよ。





本当の意味での豊かさとはなにか。

わたしたちができる平和とは。





わたしは、なじみの深い、チベット、ラダック、ダラムサラの映像を見て、

なぜ、私はこうして、東京の映画館のシートに座って、この映画を見ているのか、とてもおかしな感じがしました。

今すぐ飛んでいって、現地で一緒に祈りたい衝動に駆られましたし、そうすることがとても自然だと感じました。





映画からのメッセージで、日本の皆さんに伝えたいことがたくさんあります。

でも、たくさんありすぎて、伝えられないし、私が伝えると非難がましくなってしまうかもしれないから、書かないことにしました。

ですので、ぜひ、見に行ってください。

スピリチュアルに興味のある方は、本物のスピリチュアリティを見てみてください。





映画で真理に涙を流したあと、映画館を出たら、あの、ノイズとコンクリートと人間が溢れている渋谷の街の中を、激しい違和感を感じながら歩いていました。

世界の平和のために全身全霊で祈っているチベット人たちと、この渋谷の街を歩いている怒りっぽい人々。

平和のために学び、勉強が楽しくて幸せだと言うチベット難民たちと、人生の意義がなんなのかわからずに閉塞感から不満ばかりを言う日本の若者たち。

ものすごいギャップだけれど、

ある意味、世界のバランスは、こうやって、調和しているのかもしれない。





どうして、わたしは日本に生まれたのだろう。

子供のころからの違和感。

ミドルエイジになってしまったこの歳まで日本に馴染めない私は、馴染めないからこそできる、日本でのお仕事がある。



宇宙のお仕事、がんばろう。

神様、存在させてくれてありがとう。



また、来週の東京でのお仕事の合間に、もう一度、ダライラマを見に行こうかな。

http://www.d14.jp/

合掌



posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | アート鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月10日

映画「あん」


素晴らしい映画でした!

映画 「あん」



樹木希林さん、永瀬正敏さん、本当にいい役者です。

中学生役の女の子も、憎たらしい浅田美代子さんも、市原悦子さんも、とても素晴らしい。

きっと、ほとんどアドリブなんだろうと思いました。

素晴らしい役者さんたち。

なにより、人間を身近に感じさせる、カメラワークが最高に盛り上げてくれました。

様々な人生の、様々な人間的苦悩を描きつつ、それでもなお、人と人の支えや温かさ、人を信じること、自分を信じること、、、、、ハートに響くことがたくさんありました。

家出をした中学生の少女は、かつての自分とかぶって、切なくなりました。

いろんなシーンで泣きました。

でも、泣くポイントが人と違ってたから、みんなそれぞれの響きがあるんだな、と思いましたし、 どんなかたにも響かせるように、いろいろな方面から、多岐にわたり、ハートを揺さぶるポイントを作っていることに、感心しました。

それから、日本映画特有の「曖昧さ」というか、「想像させる」というか、「全部言わないけどわかるだろ」というか、そのとても繊細な感性は、日本人にしか作れないし、また、日本人にしか感じ取れないだろうなぁ、としみじみ思いました。

日本人って、すごいです。世界一ですよ。

そして、やはり、女性の監督でないとこういう、繊細で奥深い、向けば向くほど・・・・・的な映画は作れないし、男性だと、こう演出はできないだろうなぁ、と思いました。

いや、本当によかった!

樹木希林さんが演じたように、風のような、空気のような、愛。 

本当に、素敵です。

感性豊かな方は、ぜひ、見てみてください。

甲府では、6/12金曜までだそうです。

ほかの地域はどうかな?

このサイトでチェックしてください。

http://an-movie.com/sp/






posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) | アート鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月09日

今日のお言葉(真の知性)


人は、記憶や知識や言葉の巧みさを増すことにのみ専心する限り、

真の知性をはぐくむことにはならないとあなたも認めるでしょう。

彼らは正しく理屈をこねようとしていますが、

正しく考えようとはしていないのです。


サン=テグジュベリ「青春の手紙」より


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posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ハートに共鳴する「お言葉集」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハイジの村 バラ園


とってもいい香り。

自然の力は偉大ですね。

園内に居るすべてのひとが、幸せそうでした。

み〜んな、笑顔でした。

わたしも、母と夫とトリプルデート。 幸せでした。

写真から、花の香りが届きますように。


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posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 06:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 美しき季節感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月07日

「流れに任せるのではなく、流れに乗る」



※いつも、ヒーリングワークの個人セッションなどでお話しさせていただいています、わたしなりの日々のテクニックを、ブログでも少しだけ紹介させていただこうかな、と思います。
人それぞれだと思いますので、ご自分らしい生き方のご参考になさってください。もしよろしければ。※




わたしの過去の経験をもとに、学んだ智慧をシェアさせていただきますね。



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「流れに任せるのではなく、流れに乗る」




宇宙のリズムに同調していれば、すべてが最善で最良・最適に進んでいきます。

自分の人間っぽい「我」の部分を空っぽにして、大いなる力に身を委ねると、「流れ」がわかってきます。

よく聞きますよね。「委ねる」という言葉。

わたしが感じています「委ねる」というのは、ただ、寄りかかる、という意味ではないと思うのですね。



ここでいう、「流れに身を委ねる」という言葉は、聞く人の取りようによって、変わってくると思うのです。

私が思う「流れに身をゆだねる」というのは、流れに任せる・・・・・のではなくて、流れに乗る・・・・のだと思うのですね。




「任せる」という言葉は、自分の力ではないなにかに頼る、という感じがするのです。

すると、「流れに任せる」という意味は、流れていく川の流れのままに、ただフワフワ浮いている、そこに岩があっても、滝があっても、吹き溜まりがあっても、ただ浮いている状態。

それは、「任せる」というか、ただ、「流されてしまっている」ということなのだと思うのです。

「流されている」っていうのは、「泳いでいる」とは違います。

もちろん、脱力して、流れに身を委ねることが大事なわけなのですが、それは、「流されている」というのとは違うのですね。

どう脱力するかというと、優雅に泳いでいくための力、以外の無駄な力を抜く、ということなのですね。

お魚は、実にうまく川の流れに身を委ねて、でも、自分の意志で(宇宙の意志でもありますが)泳いでいます。

一方、流されてしまっているお魚は、病気で元気がない子か、死んでしまった魚だけです。

死んでしまった、魚ですよ。 流されてるのは。




では、流されてしまわずに身を委ねるためには、どうするのか。

それは「流れに乗る」ことなのだと思うのです。

言いかえると「流れの中で楽しく踊る」という感じでしょうか。

激流の中では、激流なりの流れがあり、上手に力を抜いて信じ切ると、その中でしかできない泳ぎができるものですし、

緩やかな流れの中では、優雅な旋律で、甘美な踊りができるかもしれない。




その「流れ」はどうやって捕まえるのでしょうか。

それはね、勝手に宇宙が与えてくれるものではないのですよ。

誰かが、あなたのために、プレゼントしてくれるものではないのですよ。

あなたが、宇宙に要望を出して、それを引き寄せるのだと思うのですね。

あなたに同調するものしか、引き寄せられませんから、あなた自身を、ご自身の理想の「流れ」に向ける意識の変換も必要だと思うのです。

どうやったらそれができるのか?

それには、「エゴと、執着と、恐れ」というカーテンの向こうにありますから、そのカーテンを開けることです。

でもまずは、開ける前に、そのカーテンがあることに気づかなければいけない。

でもそれは、とても気づきにくいです。

ずっと、そこにあるものに、ふと、気づくことって難しいですから。

大抵は、それを他人を通して知ることができます。

世界はすべて自分の合わせ鏡です。

私たちの目に映るこの世界は、すべて、自分自身を知るための鏡です。

私の経験では、他人から言われたことや、されたことで「カチン」とくることは、大抵、自分の中のその「エゴ執着恐れのカーテン」にひっかかるものですね。

あとは、誰かに対して大きな理由はないんだけど「な〜んか、嫌な感じ〜」と思う時も、そうです。

そういうときは、よーく、内観してみます。

悪いのは他人ではなく、それを感じている自分の中にあるもの、なのです。

話が逸れそうなので、内観の方法はまたいつか。(忘れちゃうと思います(笑)ので、ご希望の方はリクエストして、思い出させてください)





流れに身を委ねる・・・・に戻りますが・・・・・・

水の中で漂っているときはプカプカ浮くのに、いざ、泳ごうとすると力んでしまって体が沈んでいくのは、

無駄な力が入っているからですね。

でも、ただプカプカ浮いていたら、どこにもたどり着かないわけです。



「流されてしまう」のはなぜなのか?

それは、自分で選択をする、ということに「恐れ」を感じているから、ということも理由の一つだと思います。

だから、「状況がそうなったら、それをするのに〜」と、周りのせい?というか、自分の周りや環境に期待してしまう。

「こうなってくれないかな〜」とかね。

それは、「身を委ねている」と勘違いして、「選択することから逃げている」んですね。

自分で選択をしないで済むから楽だけど、でも、流されているんですね。

そうすると、「流されている」ことの正当化として「受け入れている」と言葉を変えてしまうのですが、

それは、はき違えてしまっていることも多いのだと思います。

「受け入れる」というのは、違和感があるけど仕方ない、と諦めている状態ではないのですね。

あるがまま、それを好きになっていることなのですね。

これも長くなりそう、またいつかシェアさせてください。



目指したいのは

「プカプカ浮きながら、流れにちゃんと乗って、波と戯れ、笑いながら泳ぎ(踊り)行く」

という感じでしょうか。

すごい、理想ですね(笑)

これは、難しい(笑)

わたしも、学びの旅の途中です。

こうやってシェアさせていただく智慧は、すべてわたしの経験からのものですので、誰かに対して避難しているわけではないです。

わたしもまだまだ、人生の学びを深めておりますので、これから、もっともっと深まってくるのでしょうね。



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posted by ユキ ラクシュミナラヤニ at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | スピリチュアルメッセージのシェア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする